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村上春樹の集大成/国際文学館訪問記

つい先日、早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)に行ってきた。

早稲田大学国際文学館入口

コロナの影響か自由に入れるのはカフェや一部の展示がある地下1階だけで、それ以外のフロアは事前の予約が必要だ。早稲田訪問の前日、予習がてらひらいたホームページでそのことを知り、まさか...…と思いつつ予約サイトを見ると案の定4つある区分のうちすべての時間帯で満席になってしまっていた。
訪問の一番の目的は国際文学館ではなくその隣の演劇博物館で行われていた企画展「村上春樹 映画の旅」だったので、まあ次の機会でもいいかと思っていたのだが、各回先着10人までは予約なしでも入れると書いてあったので、ダメ元で行ってみたら普通に入れた。
コロナ対応のため受付にて名前と連絡先を記入して入館。私のあとからも当日受付で入ってきた人が数人いたので、日と時間帯にもよるが意外と予約なしでも大丈夫なのかもしれない。


入り口入ってすぐのところに、国際文学館の顔でもある階段本棚がある。

入り口じゃない側から撮った写真

写真左にある細い幅の階段は普通の階段で、右の幅が大きな階段はベンチとしても使用してよい階段。右側の階段は転落の危険もあるため下から上への一方通行とのこと。
向かって左の本棚には国内外の小説家や建築家が選書した本、右側の本棚には村上春樹の作品に共通するテーマに関連した本が置いてある(はず...…記憶違いがあったらすみません)。

入り口向かって右手にはオーディオルームがある。ソファやテーブルが並んだ小洒落たラウンジのような空間で、小気味いいジャズが絶妙な音量で流れている。

奥に飾ってあるのは(たぶん)村上春樹の私物のレコード

このラウンジに村上春樹特集のBRUTUS(合本版)があったので国際文学館に関するページを読んでいたのだが、この部屋のオーディオはこだわりつつしかし初心者が手を出しやすいような価格帯のものを選んだとのこと。たしかに結構いい音質だった。


入り口向かって左手には今までの村上春樹の著作と、各国で出版された翻訳本がズラーっと並んだ部屋がある。(こちらは写真なし)
部屋の外に年表のようなものがあったが、翻訳も含めほんとにものすごい数の仕事をこなしてきたんだなとびっくり。
表紙ですらどこに何が書いてあるのかわからない今まで見たこともない言語のものをパラパラとめくっては、言葉がなんにもわかんないのってほんと怖いよななどと考えた。

階段を上って2階に行く。2階には展示室とラジオブースを備えたフリースペースのような部屋があった。(こちらも両方とも写真なし)
展示室では村上春樹作品を中心とした国内外の小説の翻訳にまつわる展示「翻訳が拓く世界」が行われていた。
途中、同じ作品の日本語版と英語版を一緒に展示しているコーナーがあって、どの作品も英語版のほうが分厚くなっていたのが印象的だった。

中村文則『掏摸』の日本語の文庫本と英語のペーパーバッグ

それから、表紙に日本語が書かれている本(たいていタイトル)が多かったのも意外な発見だった。意匠の一部といった感じだろうか。現地の人にとってそれ(書かれている文字)が読めないことがデザインの良し悪しの判断にどのような影響を与えるのかが気になる。なにせ読めちゃう私にはただタイトルがドーンと書いてあるだけにしか見えないのだ。字体や色合いや配置はもちろん工夫されているけれど。



ラジオブースのある部屋にはテレビがひとつとたくさんの丸椅子が置いてあって、テレビでは以前国際文学館で行われたイベントの映像が二種類(各約15分)流れていた。
どちらも村上春樹が参加していたもので、村上春樹が喋るところをあまり見たことがない私はせっかくだしと思って休憩がてら映像をぼーっと眺めることにした。
国内のメディアにはほとんど出てこなかった村上春樹だが、数年前に突然始めたラジオを皮切りにちょっとずつ公の場にその姿を見せるようになってきた。この村上春樹ライブラリーもそうだけど、年齢的に終わりを意識しはじめてきたのかなという感じがある。

村上春樹が喋るところをあまり見たことがないと先に言ったが、機会がなかったというよりはあえて避けていたというほうが正しい。本人がエッセイのなかで「声と喋り方が良いと言われる」とたまに言っていた記憶があり、それを踏まえたうえでみてあんまり良いと思わなかったら嫌だなという気持ちがあった。(考えてみれば喋っているところを見たことがある小説家のほうが珍しいな)
まったく初めて見たというわけでもないので、あーそうだこんな感じだったなと思いつつ、声は良い声だけど喋り方にはそこまで惹かれないな、と前と同じ感想を抱いたのであった。

ちなみにこの部屋のイスが背もたれのない丸椅子だったのが気になった。他の部屋はこだわって選んだであろう座り心地のいい椅子が多かっただけに、なおさら落差が目立った。フリースペースということで可動性に重きを置いているのか?背もたれのない椅子は結構しんどいので、もし国際文学館の方がこれを見る機会があればぜひ改善を検討してほしいです。


滞在可能時間は90分だったが、少々駆け足で地下一階~二階の展示を観終わったあとに時計を見ると入館から40分ほどが経っていた。
先述のBRUTUSにも書いてあるように、いちど訪れて終わりという施設にはしたくないという思いが作り手側にあるので、余裕で丸一日いられる場所になっている。早稲田の学生や近くに住んでいる人がうらやましい。興味のある本が一堂に会している何時間でもいても良い場所が近くにあるって幸せだよなとしみじみ思う。


時間ギリギリまで滞在し、演劇博物館へ。エンパクへの訪問は約二年ぶり二回目だが、バリアフリー工事をしたのか前に来た時にはなかった(と思われる)エレベーターがついていた。しかし歩くと派手に鳴る床のミシミシ音は健在だった。

演劇博物館

展示物はほぼ写真撮影不可だった。最初の村上春樹のちょっとした挨拶文が良かったのでできれば写真を撮りたかったのだが仕方ない。
展示物は村上春樹作品で言及された映画の資料と映画化された村上春樹作品についてのものが中心。あとは村上春樹がよく通ったとされる映画館の紹介とか。『ドライブ・マイ・カー』で実際に役者が着ていた衣装の展示なんかもあった。


外に出る頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
エンパクの目の前にある国際文学館も17時で閉館していて、灯りがついているのは研究室や事務室がある3〜5階のみ。と思っていたら建物の下のほうで何やら光っている窓がひとつあった。

これは国際文学館の展示物のひとつで、村上春樹の書斎を完全再現した部屋。なんと床に使用している木材まで一緒らしい。中に入ることは出来ないので、このように建物の外からみるか、中からドア越しにみるかといった感じ。
昼に見学した際、なかなか面白い展示物だなと思いつつ、中に入れないのってどうなんだろうと考えていたのだが、こうしてみると本人が一時不在の本物の書斎のように感じられるから不思議だ。この窓の前で待っていたらいつか村上春樹がひょっこり帰ってくるような気がする。どのような理由で電気を点けっぱなしにしているのかはわからないんだけど、もしわざとならなかなか粋な演出だと思った。



大学という場所には久しぶりに入ったが、やっぱりここが好きだなと思う。誰をも内包する空間。
歩いていれば自動的に知り合いに会えるというところも大学の好きなところのひとつだった。いまの早稲田には知り合いなんて誰ひとりいないけれど、通りを歩いていると誰かにばったり会いそうな気がした。

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