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劇場版ポケットモンスター 行くぞ!黄色いの

『劇場版ポケットモンスター ココ』を見た。泣けた。僕はポリゴンショックも経験した直撃世代なのだが映画館でポケモンを見るのは初めてである。本作は、オコヤの森の奥深く「知恵の泉」に住むポケモン・ザルードに育てられた少年・ココが、森の開発をもくろむ人間から泉を守る、という物語だ。

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そんなに面白い話ではなかった。「非文明下で育った人間と現代社会との邂逅&文明と自然の対立」という、ターザンやジャングル・ブックでおなじみテーマのポケモン版であり、30代のわれわれは『もののけ姫』というそのジャンルの最高峰を知っている。一緒に見ていた息子はどうかというとこっちも退屈そうだった。ポケモンバトルはない、ザルードは派手さに欠け強くもなければ希少性もない(群れで出てくる)では5歳児が寝るのも無理もあるまい。加えて悪役のゼッド博士は重機ロボットを駆る研究者という地味なラスボスなのだ(ちなみにゼッドは限りなく事故に近いとはいえ殺人を犯しており、これは歴代ポケモン映画悪役のなかでも屈指の悪事である)。

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作品の特性上仕方のない部分もある。「出会いを通じた少年の成長」がテーマのポケモンにおいて、サトシは成長が宿命づけられている。これがのび太やコナンのような他の長寿アニメ主人公と違うところで、サトシは「サザエさん時間」を生きているようで生きていない。23年目を迎えた劇場版サトシは、見た目こそ10歳だが人間としてもトレーナーとしても成熟しきっており、シーンによっては金銀版シロガネ山のレッドを彷彿させるすごみすら見せる。パートナーを信じる心に迷いはなく、バトルでの立ち回りも的確で、周りの人への気遣いも忘れない。今サトシの葛藤を描くならリメイク作しかないわけで、そういう意図で作られたのが『キミにきめた!』(17年)ではないだろうか。

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サトシの葛藤が描けない以上、劇場版ポケモンの実質的主人公は“未熟な”ゲストキャラになる。『みんなの物語』(18年)のリサ、『神速のゲノセクト』(13年)の赤ゲノセクト、そしてココである。必然的に物語の前半を「主人公の置かれた状況説明」に費やさねばならないわけで、ココではその特殊性も相まって説明パートがさらに長くなり、息子はゴウが出てないとすねていた。どう考えてもゴウなんて出る幕ねーだろ。

とはいえそこはポケモン、ガツンと刺さるシーンもちゃんとある。父ちゃんザルードとココの種族を超えた家族愛とか、アイデンティティの揺らぎに悩むココ(彼は自分はポケモンだと思っている)とかはどうでもいい。本作の見どころはピカチュウのアイアンテールだ。10まんボルトではない。劇場版屈指のアイアンテールを見てほしい。

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最終局面、「知恵の泉」の源泉を破壊しようとするゼッド博士に対し、普段は反目し合っているザルードの群れと森のポケモン、そしてサトシ・父ちゃんザルード&ココの4組が手を組む(父ちゃんザルードは10年前、ココを育てることと引き換えにリーダーによって群れを追放されている)。ゼッドの操縦する重機ロボットの背中に動力源があることを知ったサトシはアイアンテールを命じるが、ピカチュウはロボのリーチに阻まれ近づけない。ピカピ〜!

そこでポケモン側が取ったのが「ピカチュウをリレーしてロボの背後まで送り届ける」という作戦である。フライゴン、テッカニンとつながったバトンを受け取ったのは群れのリーダーザルード。ロボのバックを取った彼はピカチュウにこう声をかけるのだ。「行くぞ! 黄色いの」

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ミッキーに比肩する有名鼠(ゆうめいそ)であるピカチュウが名前以外で呼ばれることは極めて珍しい。このことからオコヤにピカチュウは生息せず、リーダーザルードはピカチュウのことを「本来憎むべき人間に飼われている、ポケモンらしき何か」としか認識していないことがわかる。掟と森を守り、外界からの侵入を許さず、一族の誇りを何よりも重んじるザルード。その原理派であるリーダーが、「黄色い何か」にオコヤの未来を託した。なぜか? リーダーザルードは、ピカチュウを連れてきたココを、引いては一度追放した父ちゃんザルードを心の底では仲間と認めていたからだ。

つまり「行くぞ! 黄色いの」という一見「よくわからないやつにとどめを託す無責任発言」は、父ちゃんザルード&ココへの信頼の表れであり、同時にリーダーザルードと外界との融和をも示している(「背中が弱点」というのは敵サイドであるビオトープ・カンパニー職員の発言であり、アイアンテールもサトシの指示である)。葛藤が描かれるのが主人公なのであれば、本作の主人公はサトシでもココでも父ちゃんザルードでもなく、間違いなくリーダーザルードなのだ。本作のサブタイトルは『ココ』だが、『劇場版ポケットモンスター 行くぞ!黄色いの』でもよかったんじゃないだろうか。息子も「アイアンテールが一番泣けた」って言ってたし。



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