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転職した

10月で、転職して丸3年になる。まだ慣れないことがひとつだけある。「結城くーん」と呼ばれていることだ。

幼稚園から大学まで僕を名字で呼ぶ人はいなかったのでいまだに新鮮な気持ちである。前の職場でも下の名前で呼ばれていたし、さすがに社外の人は「結城さん」だが親しくなると「しおんくん」といってくれる。そしてそう呼ぶ人の3割は「名字」が「しおん」だと思っている。

現職場が名字で呼ぶことを徹底している、というわけではない。むしろ逆だ。「マーヤ」「いっしー」「ミグちゃん」。みんな僕より年上だが、めちゃくちゃかわいいあだなで呼ばれている。先輩社員には「パトちゃん」もいるのだが外国人とかではなく由来は『機動警察パトレイバー』であり、加えて本人は(おそらく)パトレイバーを見たことがない。

パトちゃんさんの由来については割愛するが、こういった「本名と遠いあだな」はすごくいい。「なんであの人“グライコ”って呼ばれてんスか?」「ああ、アイツ4年前に留置所でさ……」といった物語性をはらんでいるからだ。代表的なものに山本和範の「ドラ」や山田詠美の「ポンちゃん」。校閲者・西村雅彦の「ナックさん」も味わいがある。

その点外国人は輪をかけてフリーダムだ。昔近鉄にタフィー・ローズという選手がいて、「豪快なフォームの屈強な黒人」「ドレッドヘアで関西弁」「猛牛いてまえ打線の大砲」「横浜にロバート・ローズというシュッとした白人がいた」という要素も相まって超“タフィー”って感じで「名は体を表すとはこのことや」と感心していたが、彼の本名は「カール・ローズ」である。途端に外れ助っ人臭が漂う。カールも呆れとったわ。

元阪急のブーマーは「グレゴリー」だし、アニマルは「ブラッドリー」。元DeNAのナイジャー・モーガンなんて「トニー・プラッシュ」「トニー・ガンボ」「トニー・トゥームストーン」の名義ごとに別人格が割り振られていたという。プレー中に人格を変えるな。

いや、そうではない。きっと「人格を変える」ことこそ、別名義やあだなが持つ本来の機能なのだ。明るいショーマンシップと強烈な闘争心を併せ持っていたといわれるブーマー&アニマル。最多退場記録を持つタフィー・ローズや“メジャー屈指の問題児”といわれたモーガンも、グラウンド外での惜しみないファンサービスでわれわれの記憶に残っている。真剣勝負の場でニコニコしながら55本もの本塁打は打てないだろうし、少年ファンをオカマ呼ばわりしてぶん殴ると社会問題になってしまう。タフィーとカール、モーガンと3人のトニーは文字どおり「別人」なのだ。

荒くれ外国人たちが愛称で試合をこなすように、名前は人格をもコントロールできるスイッチである。僕のような兼業クリエイターこそ、スイッチを切り替えるため自ら別名義を名乗るべきだったのだが時すでに遅い。

だが“二つ名”であればまだ可能性はある。しかるべきタイミングで、プロフィールに「昭和最後の無頼派」をそっと差し込む瞬間を想像する。「しおんたん」名義でブログやっている者が無頼派を自称していいのかどうかはわからないが。

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