他人にトラウマを残さない死に方

希死念慮に囚われた時、以前なら、横断歩道の手前で車が通り過ぎて行くのを見ながら「ここで飛び出したい」とか、「この建物の上から飛び降りたい」とか、そういうことを考えていた。

しかし今はそういうことを考えた時、自分の未来ではなくて他人の未来を考えて踏みとどまるようになった。

自分自身がトラウマに囚われるようになったからだろう。嫌な記憶を思い出す場所に行こうとすると予期不安で無理。そこに近づけないから近付かない。どんどん近づけない場所が増えていく。

もし自分がここで飛び出したら、それを見ていた人の中で、二度とこの場所を通らなくなる人が出てしまうかもしれない。自分を轢いた人は、二度と運転できなくなるかもしれない。そもそも犯罪者として扱われたら、その人の社会性をも奪ってしまうかもしれない。トラウマを残すかもしれない。

このビルから飛び降りたら、それを見ていた人はやっぱりここに近付かなくなるかもしれない。

生活に支障を与えてしまうかもしれない。

他人に迷惑をかけたくないから消えてしまいたいのに、最後までそんなことしたくない。

雪山が綺麗に、トラウマを残さずに済むのかなぁ。



でも今のわたしは自分が楽しく生きることが大事だと思っているから、多分雪山に足を運ぶことはない。


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