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「バッファローマンのように正義超人化ししないことが、感情移入を妨げる」ということの意味

「紙の月」、角田光代原作の映画化。原作を読んでいたので、今回は「小説→映画」の順でというパターン。僕のいつものパターンは、「映画→小説」という流れ。

イメージが固まって映画を観ると、粗さがしをしちゃうから。

そういう点で、主人公の梅沢梨花(宮沢りえ)はイメージには近かった。もう主観ですけども。中條 亜紀(シングルマザーのタウン誌編集者・梨花の同級生)、岡崎 木綿子(節約してる・梨花の同級生)が不在。

代わりに映画オリジナルキャラの隅より子(小林聡美)、相川恵子(大島優子)が登場。


映画オリジナルキャラの役割

映画オリジナルキャラはぜーんぜんOKだと思う。あってもいい。だって、小説長かったら、展開も焦れたらやっぱり物語の高速化は必要。楔をいれてくれるキャラがいないと、物語は原作をなぞったスローテンポになってしまう。

そういう意味で、「紙の月」小説版は登場人物視点がチャキチャキ切り替わる。だが、その視点からしか見えないことに切り替わることにストレスは感じない。角田光代のスンとした文体は、感情を伝える以上に登場人物の現在地(心と物理的状況)が伝わりやすい。

小説において視点切り替えが難しいのは、「ハイここからは●●さんの目線ね」という変化を読者に「うん、わかったよ」と納得させにくいからだと思う。

「この登場人物の視点に切り替えて意味あるの?」的な問いに、「意味あるよ」と応えてくれるのが小説版「紙の月」だった。その他の登場人物の視点のおかげで、「梅沢梨花がどうしてこのような横領事件を引き起こしたのか?」という問いにを「不倫・贅沢・自分を変えたい」みたいな陳腐な問いから引きはがしてくれる。

と、わかったようなことを言う。

そこで、この映画オリジナルキャラについて考えると、小説版のキャラクターが出ていない、つまり視点切り替えはない。映画的にわかりにくくなるとは僕も思う。

相川恵子(大島優子)の役割

で、後輩の相川恵子(大島優子)は、梨花の行動を動機づけていく(正当化する・納得する)ためのものかと思っていた。が、後半に近づくにつれ、そもそも梨花は自分の行動(横領)には、納得ずく。

そういう点では、恵子の言動は梨花にとっても後押しにもなっていなかった。横領が露見するときの、すったもんだ要員(詳しくは映画観てね)として、必要だったぐらいだ。大島優子の演技は良かったし、映画オリジナルってことは原作にないつかみどころのなさを、自分なりにプランして演技するんだからスゴイ。(単なる素人としてのスゴイ表現)

隅より子(小林聡美)の凄み

小林聡美演じる隅もまた、映画オリジナルキャラだ。不在の原作キャラに変わる物語進行役割を演じなければならない。途中退場となる大島優子演じる恵子に代わり、後半の物語ドライバーとしての役割は重要だった。

小林聡美は梨花の犯罪を追及する側だ。職務上そのような役割でもなかっただろうが、自主的に動いている。このあたりは、銀行員の方が観ると「むぅ」となるかもしれない。ラストの宮沢りえ(梨花)との二人芝居は、強かった。このシーンやりたくて、小林聡美を隅より子なんてオリジナルキャラにしてぶち込んできたんだなーと思う。セリフ回しが強い、端的、感情を揺さぶるけど理路整然、でも感情的。この人間的な機械感を演じるのって、人としての凄みがあるからだなーと思うのだ。(もう、文章で伝えるの放棄!観て)

結論から言うと観た方がいい映画

観てなければ、とっとと観た方がいい。それで興味が持てたらもっと深いところの心理描写を小説でつかみに行けばいい。

映画を観て純粋に思ったことって?

そりゃぁ、平林光太役の池松壮亮でしょう。この役どころぴったりというと失礼だけど、このナヨっとしつつ次第に調子に乗って行く感じ、引き込まれますね。一言で言うと、うまい!

若い子に狂う女性という言い方でいうと、もっともっとタブラカシソウな男性でもいいんだけど、このあたりのキャスティングは膝を打つ!ちょうどいいこの感じ。そうやな、光太は池松壮亮だなぁ。今から10年近く前の映画(2014年公開)だから、彼も20代前半。役と本人の年齢感も近いし、頼りなさが前面に出てていい(誉めてます・素人の僕ですけど)

で、純粋に観てて思ったことは、この映画は展開が早いってこと

とにかく展開が早いのよ

梨花が不倫に走るシーン、助走がほぼない。夫・正文(田辺誠一)がしれーっと上から的に見下すもんだからそのあたりはトリガーなのかなと思うけど。え、もう、ホテル?え、もう、やっちゃった!という流れに戸惑い感がなかった。原作小説ってこの辺りが丁寧に描かれていたから、「あぁ、梨花さん、不倫しちゃいましたか。。。」みたいな流れで読めた。どうでしょう?

横領に走るシーンはまぁ特に、こんな感じだったけど手際が良かったなぁー。印影トレースして、プリントゴッコで版下作るあたりはもう職人なんだよねぇ。このあたりは実は原作でも気になっていて、器用だなぁ、という印象だった。

決定的な違いは、余韻の残し方

小説をなまじ読んでしまっていると、このようなつまらないレビューになっちゃうんだけど、物語の時間軸は映画だと複雑にすればするほど何回になる。視点の件とも似ているけど、物語は直列に進む方がわかりやすい。そうすると、回想シーンなんかもコンがらなくて済むっていうものだ。

原作はタイに逃亡している時間軸のシーンも多かった(確か・ごめんうろ覚えになってきた)。だけど、タイシーンは映画では少な目。

光太との別れも、ニュアンスが違う。小説版はなんというか、彼は子供だったなぁという印象で締めくくれた。(言いませんこれ以上)。ラストシーンも小説版はホッとしたのを覚えている。映画版はどうにもザワつく。小説版のまだ途中のような感じもするのだ(もう読んで、観てください)

梨花のなかにあるもの

・盗む、見つかったら(見つかる前に)返せばいい。
・目的が正義あふれるものなら、盗んでもいい
・生きて実感って、自分を解放することでしか見つけられない

これは映画・小説どちらともに感じた「梨花」という存在から感じたもの。複雑ですな。『シャイロックの子供たち』にもあったが、銀行において、
盗む→戻す はダメって。これ、どの世界でも本当はダメ。

梨花のなかにある、自分の信念みたいなものって、「自己正当化」のアクセルがグンと踏み込んでどんどん正当化しがち。正しくないのに、どこか正しいみたいな。そんなこと、生きているとたくさんあるようにも思える。それが悪いことに繋がっていると、みんな踏みとどまるんだけど。

だから、この「横領」ということ自体が、もとい「巨額横領」はどの信念で貫いていったのかがわからないのよね。学生時代の梨花の正義は、困っている人を助けること。そのためなら盗んでもいい。

大人に、銀行員になってからは、光太の学費を助けるためってのがきっかけでもあるが、そのあとが何のための横領なのか。その背景の「信念や正義」みたいなものが希薄になっていくのよね。

だから、感情移入の置き所がどこにもない、そんな物語になっていった。小説も感情移入はしなかったけど、どこか後悔といっては安っぽいけど、梨花のなかに「もう終わりにしたい」感があって、「そうだね」と読者が締めくくるような構造だった。だから、感情移入しなくても、読後感はカラッとしててよかったのだ。

それが映画版にはちょいと足りないのだ。あぁ、悪い奴だなぁーどまりなのはこうした理由からだ。

タイトルにあるように「バッファローマンのように正義超人化ししないことが、感情移入を妨げる」ということの意味

キン肉マンの中にひときわ異彩を放つ元悪魔超人バッファローマン。正義超人化したことで子どもながらに心が震えた。悪い人(超人ね)がいい人(超人ね)になっちまう。今定番化した転生モノの生まれ変わり感をブチ越える1000万パワーの燃えるハート!
何言ってるって?

梨花の正義っぷりは、バッファローマンが正しいと思っていることにも近い。彼は彼なりの正義があって、そこを貫くと極悪非道という手段も(ミートくんをバラバラにして、戦うやつね)正当化される。少なくとも、7人の悪魔超人・悪魔六騎士・悪魔将軍のあたりは、その手段に疑問はもっていない。これに似ている、梨花の正義っぷりが。

世間から見たら銀行員の横領は、信用失墜・ハチャメチャなこと。お金を触っていると気が変になりそう、ってセリフあったけど、そこを保つ修行のような職場。

行員経験の浅い梨花が闇落ちして(悪魔超人)、そこそこの相川恵子は不倫を通じてまぁ不正を知るぐらいの存在で(その辺の煩悩人間)、隅より子はきっとそんな不正ごとは今まで目にしてきたけど自分は距離を取っているし、不正を正したいぐらいのモチベーション(正義超人)という構造なのだと我思う(強引?)。

その辺の煩悩人間は、適当に不倫して適当に結婚する。適当に濁して、その場をそれなりに美しく去る。そのへんは煩悩人間たるや賢い。

だが、悪魔超人・正義超人どちらも己の正義を貫くあまり、人生は取っ散らかる。この辺は生きるということに、正義をふりかざすと、不器用にならざるを得ないということだと思うのだ。

という点からして、梨花はバッファローマンが正義超人化した時のような正義転生することもなく、悪魔超人のままでいる。その辺に、救いを感じることができず、あぁ、お前の話は聞いてられんなと突き放してしまったのだ。僕はね。

とはいえ、話の持って行き所は流石の一作『紙の月』、ぜひご鑑賞くださいませ。(ほんとに面白いよ)


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