天の神様②

「天の神様の言う通り」

人差し指が示したのは、会ったことのない先生のゼミだった。顔も知らないし、何を教えてるのかもよく分からない。まぁいいや。それっぽい事を並べた志望理由書をさらさら書き上げ提出した。心にも思ってないことは、案外さらさらと雄弁に語られる。

初ゼミの日、周りは知らない子だらけだった。まぁ、ゼミだけの仲だし。と冷めた感情で先生を待っていた。先生に対する第一印象は「怖い」だった。90分間一切表情が変わらなかったためである。さらに言えば、淡々とロボットのように要点を話し、鐘がなったら「では」の一言でゼミを終わらせたのだ。あぁ、なんてことだ。1度ではならず2度も失敗した。華の大学生活からどんどんフェードアウトしていくではないか!一抹の不安を抱え、私のゼミ生活はスタートしたのだった。

ゼミの先生、仮にロボット先生とでも呼ぼうか。ロボット先生は、案外人間らしい人だった。ゼミ生に慣れてきたのか、ゼミの回数を重ねるごとに笑うようになった。ロボット先生は、いつもケタケタ笑う。いつもの仏頂面とは打って変わり、大口開けて笑うのだ。また、案外抜けてて予定をすっぽかしたりする。さらに、お酒が好きで色々やらかしたこともあるらしい。ギャップ萌えの擬人化か!?と驚いたことを覚えている。先生の人間らしいところを知るたびに、先生に興味を持った。

秋頃になると、論文の読み合いをするようになった。私の先行研究は、英語論文しかなかった。英語論文を読むのは、英語の長文読解とは全くわけが違かった。専門用語を理解し、その上で論文を訳し、解釈する必要があった。初めて自分で選んで読んだ論文は、本当に難しくて何を言ってるのか分からなかった。図書館で参考書を何冊も開き、英英辞書を手元に置いて何時間も唸った。発表用のレジュメは、結果の途中までしか完成しなかった。確実に怒られる。終わると思っていたのに、終わらなかった。やってしまった。胃の痛みと寝不足の頭痛を抱え、ゼミに向かった。

「………結果のこの点までしか読めませんでした。すみません。発表を終わります。」どんどん尻すぼみになる私の声。静まり返る教室。死を覚悟し先生を見ると、いつもの仏頂面。さて、私は今からロボット先生にどう攻撃されるのか…と項垂れていたら、まぁ驚いた。先生が笑ったのだ。私は「馬鹿にされてるのか?何がおかしかった?訳か?解釈か?グラフの読み間違えか?」と必死に頭を巡らせた。

「学部生にしてはまぁ難しいの選んだね。でもよくここまで読んだよ。頑張ったね。」

未だに忘れられない言葉である。大学に入って、初めて努力を認めて貰えたのだ。あのとき、本当に嬉しかった。きっと拙い訳だったし、解釈も足りない部分が多かっただろう。しかし、その点を踏まえた上でここまで読んだことを褒めてくれた。この発表のあと先生は、私がまだ分かっていない前知識を丁寧に教えてくださった。この日を境に、私の大学生活はガラッと変わったのだ。

サークルの飲み会には別に参加しない。合コンも興味がない。代わりに、図書館に入り浸っている。また訳のわからない論文と格闘するのだ。参考書と、英英辞書と、先生の講義ノートを武器に。

ロボット先生との出会いは特段良いものではなかった。しかし、ロボット先生は私の大学生活を変えたスーパーヒーローとなった。現在の生活が、「華の大学生活」に当てはまるのかは疑問である。しかし、確実に私の生活はキラキラして楽しいことだらけだ。

天の神様は、やっぱり存在したのだ。あの日の人差し指に、きっと。

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