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大西暢夫写真展「ひとりひとりの人 ー精神科病棟取材17年の記録ー」

大西暢夫 「ひとりひとりの人 僕が撮った精神科病棟」(精神看護出版) この小さな写真集を御存知の方はどれくらいいらっしゃるでしょうか。

大西さんは2001年より『精神科看護』誌上で精神科病棟に入院中の患者さんたちの写真を発表し始め、2004年にこの写真集が出版されました。

この写真展は、写真集「ひとりひとりの人-僕が撮った精神科病棟-」がすでに絶版となり、入手が困難になっている状況を聞いた首都圏の精神保健福祉士、精神科看護師、団体職員などの有志が自主的に企画しました。

小さなギャラリーでの2日間の写真展ですが、みなさまのご来場をお待ちしています。

大西暢夫写真展「ひとりひとりの人 ー精神科病棟取材17年の記録ー」
平成30年2月16日(金)11:00〜21:30、2月17日(土)10:00〜20:30
場所:練馬区文化センター2階ギャラリー
(東京都練馬区練馬1-17-37)
西武池袋線都営大江戸線練馬駅北口徒歩1分
入場無料


写真を見るときには時として言葉が邪魔になります。

「精神病の患者の写真だ」と身構えてみると、この写真集に溢れる屈託ない笑顔に肩すかしを喰います。

うれしくなってページを繰っていくと、いたるところに小さな「不思議」に出会います。

ある女性は沢山のお守りを身につけています。

男性の描く細密な線画の人物の胸には「愛」「子供達」

一枚の便箋に一週間分の日記をビッシリ書き込む女性。それも線の上に実に小さな字を書いています。

笑顔のどこにでいそうなおじいさんたちの写真の下には、彼らが50年以上も入院生活を続けていることが書かれています。

判読不明の数字をビッシリとノートに書きつづる青年。床に上に並べられた本。

Tシャツやタオルと一緒に角ハンガーに吊るされたバトミントンのシャトルと英字新聞。


ひとりひとりのささやかな、でもきっと譲れない拘り(こだわり)があちらこちらに溢れています。

屈託ない笑顔に出会った時に一度消えた正常と異常の間の境界線が、ひとりひとりの患者さんたちのディテールを味わっていくと、また違った形で浮かび上がってくるかのようです。


新たに浮かび上がった境界線は、もはや刺々しく人を弾き返すようなものではありません。
ここでは健康と狂気は、相反するものではなくて、同じ人の中に共存しうるとすら感じられるのです。

そうは言ってもここは精神病院なのです。見開きのページいっぱいのベッドと20人以上の人たち。それが彼らが日々を送る病院なのです。


写真展では「ひとりひとりの人」からのプリントに加え、大西さんが現在も取材を続けている大阪府堺市の浅香山病院の患者さんたちの写真もお借りすることができました。また、17年前からの精神科看護のバックナンバーなども見ていただきます。

写真集の最後のページで大西さんは、こんなふうに呟きます

「(人は)100人いたら100通りだ。だから"普通の人"ってどんな人なのかの僕にはわからない。また、どこかで会えるならば、今度は病院じゃないところがいい。」

「それぞれの違いがそのまま認められる場所が必要なのだ」という思いを私たちも共有します。

最後の見返しの大きく立ちふさがった「鉄格子」に象徴される障壁は、この写真集が出た14年前から、どれだけ開かれたものになったのでしょうか。
写真展がそれを考えるささやかな契機となることを祈っています。

大西暢夫
写真家 映画監督

1968年岐阜県揖斐郡池田町育ち。
東京綜合写真専門学校卒業後、写真家/映画監督の本橋成一氏に師事。
1998年にフリーカメラマンに。
2001年から精神病院に長期入院する人々の姿を専門誌のグラビアを通し撮影を始める。そのことがきっかけとなり、日本国内におけるアール・ブリュットの作品とその作者の取材を多数手がけるようになる。
2010年11月より故郷の岐阜県揖斐郡池田町に拠点を移し、現在は 東日本大震災の取材を続けながら支援を行っている。



<主催>
大西暢夫写真展「ひとりひとりの人―精神科病棟取材17年の記録」実行委員会

青木美智子
介護福祉士、グループホームひかり 未来の写真屋

伊丹高
精神保健福祉士 社会福祉法人アピエ

眞田重雄
障害者支援員 あゆみ福祉センター ギタリスト

新澤克憲
精神保健福祉士 ハーモニー

津野青嵐
精神科看護師 ヘッドピースデザイナー

三浦千晃
障害者芸術活動相談担当 社会福祉法人愛成会

(50音順)


<お詫び>
2月17日の「オキナワにいこう」上映会はすでに予定人数に達しており、
これ以上の申し込みを受けることが出ません。



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