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親の涙と好きな曲

息子は4月から高校3年生になる。
中学校3年生から始まった反抗期と進学校に入学した反動とコロナでこれまでの高校生活はボロボロだった。
朝から車で駅まで送る時に息子が泣いて

「学校に行くくらいなら死にたい。」


と言っていたこともあった。


何度も何度も言い争いをして
何度も殴り合いの喧嘩をした。
息子の体が大きくなるたび私の体にあざが増えた。
膝が外れ、腕や指の関節は腫れた。
夫も単身赴任で止める人もいなく警察を呼んだこともあった。


それらすべて私たち親にも大いに原因があった。
いや、ほぼ私たちの責任と言っても過言ではなかった。
息子に小さい頃から「転勤族だから」という理由で勉強を強要してきた事。
自分が太っていることが原因で子育てがおろそかになっていたこと。

全て・・・すべて後悔しても遅いのだけど。
息子が私たちの元を離れるにはもう少しだけ時間がある。
その間でも精一杯、親としてできる事をやる。

私自身を見つめなおした時からそう思うようになった。





先月、半ば無理矢理通わせていた予備校に退塾届を出して息子を高校まで迎えに行った。
予備校で書類を書いている時、何人もの高校生が来ていた。
目が輝いていた。
「今日は模試と2教科やっていきます!」
そう先生に意気揚々と申告し、教室へ消えていった。

息子は進学校に入ってから授業についていけなくなっていた。
その中で意欲ある学生たちを目の当たりにしながら、自分の強烈な劣等感を引きずり学校や予備校に通っていたのかと思うと胸が苦しくなった。

帰る車の中で息子に

「やっとあなたの気持ちがわかったよ。辛い思いしていたんだね。気づかずにごめんね。まだ高校生はあと1年あるけど、自分が死ぬまで何度振り返っても(この選択をしていてよかった)と思えるような将来の選択を見つけてね。例えそれが何であっても私たちは応援するからね。」


と伝えた。
バックミラーでちらっと見たらうつむいていた。


そんな子どもの大きな辛ささえ親なのに気付かなかった。
いや、気付いていたのに何もしてあげれていなかった。
心の中で自分をめちゃくちゃに殴った。
本当に私はダメな親だった。


だけどそこで終わってはいけない。
まだまだ先は長い。
ここで気付けてよかったんじゃないか。
しっかり反省して先に活かす。
私ができる事はそれしかない。


それから息子の表情が劇的に変わってきた。
前みたいに暗い表情をすることがなくなった。
私とよく話してくれるようになった。
自分の好きな音楽の話や自分の今の気持ち。自分の見据える将来について。
時には笑って話してくれる。
それがすごくうれしい。

私も息子が気に入ってよく聞いている曲が好きになった。
元々同じような音楽の感覚なのか(笑)
共通の話題が増えて話が盛り上がるようになった。

私の話も聞いてくれるようになった。
昨日の庭掃除も
「やだ」
と言っていたのでそれ以上何も言わず黙々と作業していたら、汚れていい服にわざわざ着替えてきて
「何しよっか」
と出てきてくれた。

身長は175を超えてボクシングで鍛えたゴリゴリの体だけど。
あどけない顔をして大きな目をくりくりさせてニコニコと話す。
素直で優しい表情豊かな元の息子に戻りつつある。


そんな息子の変化に時々涙が止まらなくなる。
そしてYOASOBIの「祝福」の歌詞のように

「これは君の人生 それは答えなんてない
もう呪縛は解いて 定められたフィクションから今 飛び出すんだ」


大きく羽ばたいてほしい
そう願っている。








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