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日本のホテル史概要②

国内需要の目覚め

1960年代後半から、高度経済成長とともに日本国内の大型イベントが立て続けに起こった為、日本人のホテル利用が広がりホテル開発も盛り上がります。(70年大阪万博、72年札幌五輪、75年沖縄海洋博など)

更に、1973年のオイルショックによる円高で外国人客が離れたことにより、ホテル各社は日本の法人需要へ大きく舵を切ります。

その結果、1980年頃からホテルでの婚礼がブームになりホテル内の宴会部門が収益構造の柱になります。またレストランやショッピング等サービス施設の拡充も目立ちます。

同時に、ホテルが不動産投資の対象とみなされ、電鉄・航空・不動産等、各業界の多くの企業が税金対策を目的にホテル事業に参入し始めます。

しかし90年代初頭のバブル崩壊により法人需要は減少し、不況へと突入します。

外資系ホテルの進出~新たな競争時代に

90年代に入り、新御三家とも呼ばれる「パークハイアット東京」、「ウェスティンホテル東京」、「フォーシーズンズホテル椿山荘東京」等の外資系ホテルが進出してくることでホテル業界はまた大きく変化しだします。この辺りの時代が第二次ホテルブームと呼ばれています。

外資系ホテルの台頭とは反対に、日本のホテルはバブル期の過剰な投資の反動で倒産や廃業が相次ぎます。そんな中でも業績を伸ばし始めたのが「宿泊特化型ホテル」です。

主に「東急イン」、「サンルート」、「ワシントンホテル」といったビジネスホテルがチェーン化し拡大していきます。

2000年以降は東京都心の再開発ブームに乗る形で、再び外資系ホテルの進出ラッシュが始まります。

その多くが海外で圧倒的ブランド力を持つラグジュアリーホテルであるが故、国内のホテルも新たな高級化路線などで変化を余儀なくされています。

今後のホテルの形とは

そして現在、コロナウイルスの席巻により新たなホテルの形が問われています。お客様にとって宿泊するホテルを決める際に、感染症対策が十分に行われているかどうかが重要な要素になったことで、今まで以上にホテルのブランド力が価値を持つ時代になったことは間違いないでしょう。

また、ホテルマンにとってはお客様と近い距離で接することが難しくなったことで今までとは違う新たなホスピタリティを追求する必要も出てきています。

これらを乗り越えたホテルのニューノーマルとはどんな形になっているのか。

いままでに無いくらいの変化を遂げた新しいホテルを楽しみにしています。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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