あの頃はたのしい
最近よく「あの頃」という言葉がふいに出る。「あの頃聞いていた」「あの頃遊んでいた」「あの頃行っていた」。
あの頃の数は年齢と比例するのだと思う。空気が新しい季節を運んでくるたび、あの頃の空気を思い出す。季節の変わり目、急に次の季節の風が流れる日がある。それはとても風情ものだが、そういう風を浴びると「あの頃」にコツンと当たる。
僕はそこにすかさず「あの頃」に聞いていた音楽を流し込むのが趣味だ。身体と記憶が音楽を通じてフィットする。それがたのしい。都立大学駅から30分歩いて帰っていたあのときのこと。いつも自由が丘で人にまみれていたときのこと。暇すぎてあてもなく東横線で横浜まで行っていたこと。あの電車で感じた清々しい秋の空気は鮮烈に覚えている。いや、秋だったかな。うーん、春か秋だったと思う。なんだ、それほど鮮烈に覚えてなかった。けどサイコーに気持ちよかった。
音や匂いは簡単にあの頃に連れていってくれる。その法則と楽しさを知ってから、積極的に音楽を聴くようになった。僕はもともと散歩が趣味で、暇があるとイヤホンをして街中を歩くことがたのしみだったから、知らないうちにたくさんの景色と音がリンクして心に仕舞ってある。それが財産になっていて、つらいことや大変なことがあってもすぐに「あの頃」に戻れるし、それがなぜか心強くもある。時間が経ってどこかに置いてきてしまったように感じる「自分」というものを取り戻せるような気がするからかもしれない。
そして、これはけっして過去に縋るとか現在からの逃避行ではない。思い出アルバムみたいな感じでみているだけでたのしくて、ふとしたときに覗いてわくわくしてしまうようなものなのだ。
そう、僕は音を通じて時を旅する旅人。
そう考えると人生は少したのしい。
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