黒電話の前触れ音を知ってるかい
旅先で、レトロな喫茶店に入った。
柱時計に、アラジンのストーブ。
懐かしい音がして振り向くと、ツヤツヤの黒電話があるではないか。
マスターが受話器を取って、なにやら話している。
おお、黒電話くん。キミは現役で活躍しているんだね。
いましたよ、我が家にも。黒電話くん。
世の中に押しボタン式の電話機が現れても、このみ家では、1990年代前半まで働いてくれていた。
ああ、黒電話くんよ。
誰かからの電話を心待ちにしているとき、「ジリリリリン!!」とけたたましく鳴る前の、かすかな「チンッ…」の音が聞こえると、胸が高鳴ったものだ。
しかし、このかすかな「チンッ…」は常に鳴るとは限らず、いきなり「ジリリリリン!!」から始まるときもあって、慣れない人はびっくりするようだ。
私の兄は、高校卒業後に家を出て一人暮らしを始めた。
それは、黒電話との別れでもあった。
久しぶりに帰省した兄は、食卓で朝ごはんを食べていた。
眠たそうにボーッとしながら味噌汁を飲もうとしたそのとき、黒電話が前触れなく「ジリリリリン!!」と鳴った。
驚いて、漫画のように飛び上がった兄。
そして、派手にぶちまけられた味噌汁…。
黒電話への耐性がなくなると、こうも人は電話の音に驚くものなのかと感心したできごとであった。
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