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「天国のおばあちゃんが守ってくれたのかもしれないね。」

朝、車で通勤している時に、ふと学生時代の事を思い出した。大学5年生の時の事だ。

関東で医学生として実習をしている時に、
「おばあちゃんが亡くなりました。通夜と葬儀をやるので、時間があったら帰ってきてください。」
と母から連絡があった。病院に事情を話し、急いで九州に帰るための準備をした。

移動は飛行機であった。航空券を予約し、急いで荷造りをして、羽田空港に向かうことにした。予想以上に荷造りに時間がかかってしまい、フライトまであまり時間がないことに気づく。電車の時刻表を確認したが、電車では間に合わないことが分かり、だんだん焦りが強くなる。仕方ないので、車で羽田空港に向かうことにした。飛ばせばぎりぎり間うだろうと思った。

急いでいる時は色々上手くいかないものである。夕方の帰宅ラッシュにつかまってしまい、車が中々進まない。焦りもイライラもさらに強くなる。「空港で駐車場はどうすればいいんだっけ?」そんなことが頭に浮かび、スマホに手を伸ばす。渋滞で、ゆっくりしか進まないから大丈夫だろうと、運転しながらスマホで確認する。

前の車が進んだ。やっと動いたと、アクセルを強く踏んだ瞬間。


どんっ。


と鈍い音が響いた。

一瞬何が起こったのか理解できなかった。
そうか、前の車に追突してしまったのか。3台の玉突き事故を起こしてしまった。少し前の横断歩道を渡る歩行者がいて、2台前の車が一時停止したようだった。それに気が付かずに、追突してしまったのだ。

車を脇に移動させ、ぺちゃんこになった車のフロント部分を眺める。帰宅ラッシュで流れていく多くの車から、奇異の目が喪服姿の私に向けられる。警察が到着し、事情を聴かれる。母に連絡していなかったことに気が付き、急いで電話をする。
「空港に向かう途中で事故を起こしてしまって、今日は帰れないと思う。」
と伝えると、心配で涙する母の声が聞こえてきた。祖母の死で、十分すぎるほどの悲しみで一杯の母に、追い打ちをかけてしまった。とんでもないこをしてしまったと徐々に実感が湧いてきた。

警察からの事情聴取も終わり、壊れた車はレッカー車で移動してもらい、自宅に帰った。改めて準備を整えて、電車で空港近くにまで向かい、ホテルに宿泊した。どのように移動して、どのようにホテルを予約したのか、記憶はやや曖昧である。

翌日、飛行機で九州に帰り、通夜と葬儀に参列した。物心ついてから初めて参列する通夜と葬儀であり、涙が止まらなかった。誰かが亡くなることは、こんなにも悲しいことなんだと思った。

車は使い物にならなくなるほどの事故であったが、幸い、大きな怪我をした人はいなかった。歩行者に車がぶつからなかったので、歩行者に怪我はなく、ドライバーも軽いむち打ち程度で済んだ。本当に良かった。

母から、

「天国のおばあちゃんが守ってくれたのかもしれないね。」

と言われた。

本当にそうかもしれないと思った。
いつも優しかったおばあちゃんが、守ってくれたのかもしれないと思った。

あの出来事から随分月日が流れた。もう3月なのに、雪がちらついている。
前をしっかり見て、運転しなきゃと気を引き締めた。


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