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私のおばあちゃん

ご覧くださいましてありがとうございます。
今回はファッション無関係の個人的な内容です⭐︎明るい内容ではありません。



高齢の祖母の体調が悪いらしい。
祖母が死ぬかもしれない。
心の準備をしておいて、と言われた。


私は、祖母が大好きだった。
幼い頃から祖母は私の心のオアシスだった。
祖母はいつも明るかった。いつもふざけていた。冗談を言って笑わせてくれた。

祖母が私の誕生日のお祝いをしてくれたことがあった。
嬉しかった。その日は、人生で一番幸せだと感じた。確か高校生の頃だった。
妹の誕生日が私と2日違いだったので、家族でのお祝いは合同のケーキだった。妹は母に可愛がられていた。もし私の単独の誕生日祝いだったならきっとケーキも食べられないのではないかと思っていた。
だから、祖母が、私たった1人のためにお祝いをしてくれたことが、すごくすごく嬉しかったのだ。祖母にとって私は、価値のある人間なのだ、そんなふうに感じたのかもしれない。

祖母が死ぬかもしれない。
今祖母は、呆けてしまって、色んなことがわからないらしい。
昔丸々と太っていた頃の面影もない。

会いに行ってきた。
私〇〇だよ。覚える?と声をかけた。
祖母は大きな声で「覚えてません!!」と言った。

前日に姉が会いに行っており、話は聞いていたので覚悟はできていた。

そうか、覚えていないのか。
でも、その瞬間まで、祖母は、私の事だけは覚えてくれているのではないか、とうっすら期待していた。
私が話しかけると、祖母は混乱したのか、泣いた。
祖母が泣くのを初めて見た。
あんなに明るくて朗らかだった祖母が、弱々しく泣いていた。

もう自分の子供たちのことも、孫の私たちのこともわからないのだ。

私の耳には祖母の元気な声がしっかり記憶されている。
快活な歯切れの良い声で、〇〇ちゃんと私の名前を呼んでくれた祖母の声。

電話をかけると、すぐに〇〇ちゃんと呼んでくれた。
私はその度に、オレオレ詐欺に会うから、名前は言っちゃダメだよ!と祖母に注意していた。
実の母でも聞き間違える私たち姉妹の声を、祖母は一度も間違えたことがなかった。

私もあと50年もしたら、何もかも忘れてしまうのかもしれない。
自分の子供のことさえも。何もかも。

今を大切に生きよう。
ありきたりな言葉かもしれないけれど。

かけがえのない、今を生きよう。
小さな毎日に感謝しよう。
ささやかな幸せに微笑もう。
今、目の前にいる大切な人との時間を抱きしめよう。

もう、それしかない。
いつか全て忘れてしまうなら。



祖母が死ぬかもしれないことは、私にとって、大きな事で、私はとても悲しい。
でも、これまでの祖母とのたくさんの思い出がある。
楽しい楽しい温かい思い出をたくさん残してくれた。
それは、とても幸せなこと。私の祖母との時間は間違いなく幸せだった。

別れは悲しい。忘れられてしまうのも、悲しい。
けれど、一緒に過ごしたたくさんの幸せな思い出があるからこその悲しみだ。
今は悲しいけれど、それはとても幸せなこと。


おばあちゃん、お疲れ様。
長生きしてくれてありがとう。
おばあちゃんとの思い出は、私の宝物だよ。
忘れるまで、忘れないよ。
いつまでも、いつまでも、ありがとう。
おばあちゃんのこれまでの人生に、感謝と尊敬と祝福を贈りたいです。

ありがとう。大好き。





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