散歩の物語その7

商店街の重鎮

朝の商店街に自転車を走らせる。土曜日、いつもなら学校は休み。

しかしながら今日は大事な資格検定の日だ。この検定が取れれば進学に、はたまた就職にも有利に働くらしい。担任が言っていた。
「天野君は部活動をしていないから何か検定をとっていたほうが加点されるよ」
と。

だから勉強してきたと言うこともあるが、実のところ勉強に夢中になってしまって成果が出るのが嬉しくなっていた。

僕はそんなところが昔からあって、何かを始めると熱中してしまいそれしか見えなくなる。勉強以外でもゲームでも何かを創作することでも時間を気にしないでやってしまうところがある。

「それで何か天才的な才能が目覚めるといいのにねぇ」
母親からそう言われる。僕も認める。僕は熱中したらそればかりなのに、それに『長けている』ということはまず無い。

こんな性格なら何らかの天才的な才能があるはずなのに決まって中途半端になってしまう。

もちろん自分では究極的な所まで行った気がしているのだが、相対的に見ると実は中間点ぐらいの能力しか身についていないということは本当によくある。

それで挫折してもういいやと思ってしまったり、別の何かに熱中してしまう。僕は本当の無能なのだと思う。

 今回の検定も一生懸命にやってきたつもりだ。問題集を何往復もし、模擬試験を何度もして理解してきたつもりだ。僕は今回はきっと大丈夫だと思う。
 

そんなことを思いながら自転車を走らせ、僕はある店の前で止まった。

いつも何か特別なことがあると必ずここに止まり、手を合わせる。

『何に?』

陶器の店の看板の上に飾ってある直径が僕の身長ぐらいはあるだろう大皿。

何かの模様が入っていて、詳しい人には『何焼き』とか『釉薬の何たら』とか説明が出来るのだろうが、僕はこんな性格でも全く陶器類には興味を持てていない。

でも昔から僕はこの大皿は御神体だと思って特別なことがある度に手を合わせるようにしている。

小学校5年生の運動会でいろんな偶然が重なって出ることになってしまったリレーの時も、中学時代初恋の人に告白をすると決めた時も、受験で第一志望の高校を受ける時も、決まってこの大皿に手を合わせてきた。

結果はまぁ、リレーでは転んだし、告白は失敗だし、高校は落ちて今は第二志望だった学校に通っている。何も効果は無いと思う。逆に疫病神なのではないかとも思うが、この習慣を崩すことはできない。

 「お、天野。おはよう、今日の検定の調子はどう?」

そう言って隣に自転車を止めたのは同じクラスの友達、高橋だった。

「おはよ、いいよ調子」
「何やってんだ?」
そう高橋は訝しんだ顔で尋ねてきた。

「あぁ手を合わせてんだ。あの大皿」
「は?手?何?神様的な?」
「そうそう、御神体だと思ってる」
「ふぅん、なら俺も手を合わせておこう」
高橋はこうやって他人の謎の習慣や行動を軽く受け止めてくれるいい奴だ。頭が柔らかいのだろうなと思う。

「まぁご利益は全くないけどね」
「は?何だよそりゃ?」
「でもきっと見ていてくれているよ」
「大皿が?」
「そう、大皿が」
そう言った自分の言葉の謎に笑ってしまい、つられて高橋も笑った。

「まぁ行こうぜ、さくっと検定終わらせて昼飯食おう」
「お、いいねそれは」
僕たちはそうやって自転車を漕ぎ出し、学校に向かった。

〜10年後〜

「あれ?取り壊し?」
そんな話が聞こえてきた。僕はその声の方向、更に彼らの目線の先を見た。

陶器の店の取り壊しが始まっていた。僕は愕然とした。この10年僕は県外の大学に進学し、そこで就職した。たまたま帰郷していて、たまたま懐かしさのままに散歩をしていたらたまたま取り壊しの現場に出会した。

 こんなに『たまたま』が重なり合うのかと自分でも驚き少し苦笑した。

あの陶器店の看板の上に鎮座している大皿が地面に下されていた。店内には一度も入ったことないのだがその店の店主の顔は知っていた。

感慨深そうに重機が動いている様子を見ている。僕は何故だか声をかけてしまった。

「あの、店主さんですよね?」
「はい、そうですよ」
「長い間、ご苦労様でした」
「いえいえ、ほとんどの時間私はこの店先で座っているだけでした」

「すみません、僕、一度もお伺いしたことなくて」
「なんのなんの。陶器なんて今や100円ショップで買ったほうがお得でしょ」
「あ、いえ、その。。。すみません」
僕はうまいこと返すことが出来なかった。

「この店はね、先代、先先代と続いてきたのですけどね。やっぱり今のご時世じゃどうもね」

「そんなに続いてたんですか?なら100年は続いてたってことですか?」
「そうですねそうなりますね」

僕はそんな長い間ここにあったこの店の時間の歴史を思うと頭がクラクラした。

「先先代はね、話によれば子どものころ大変な苦労をしたそうで。大人になっても仕事が何も上手くいかなくて、先代、つまり私の父ですね、先代が生まれてすぐに連れ合いを亡くしたそうで、男手ひとつで先代を育てようと決めた時に偶然あの大皿と出会ったと聞いています」

「偶然ですか?」

「そう、偶然、たまたま陶器の市場に顔を出したら、端っこの方で大皿と出会った。譲ってくれと頼んだが、作った方が『これは失敗作で人様に売れるようなものではない、ただでかいから客引きになるだろうってお師匠さんに言われて持ってきたんだ。』と。でも先先代はそれでもどうしてもと引き下がらず、陶器市が終わるまで毎日顔を出し、最終日には先方が折れてこの大皿を譲ってくれたそうです」

「そんな執念で手に入れた大皿の元を担いで成功した?」

「いや、それを目玉にしてこの店を開こうとした時に私の父がね病気になってしまって生死の境を彷徨ったと聞きました。医者からも長くはないと言われたそうですが、偶然、皿が大きな音を立てて割れて、そこから私の父は何故か奇跡的に回復して全くの健康になっと聞いています」

「そんなことってあるんですか?」

「私は真実はわからないですけどね、そんなことがあったそうです。きっと割れる事で厄を肩代わりをしたんでしょうね。だから大皿は私の家族にとって神様みたいなものです」

「え、、、」
僕は10年前この大皿のことを御神体だと思って手を合わせていた。

「あれ、でもその時に割れてしまったんなら、この大皿は?」

「あぁ、あれだけの大皿だから近場に金継ぎができる職人もいなくてね、作った職員を捜したらしいのですけど見つからなくって、だからこの大皿はハリボテ」

「え?ハリボテ?」

「そう。あれ、気がつきませんでしたか?」

僕は全然気がついていなかった。まさかハリボテだなんて、上に置いてあって距離があるし、陶器の知識は全くないから気がつかなった。

「ハリボテでもあの時の御恩は忘れないと丁寧に飾っていたんですよ」

「そうでしたか、僕は10年前、何か大切なことがある度にこの大皿を御神体だと思って手を合わせてきました」

「ほう、そうでしたか、何か貴方が引きつけられていたんですね」

「でも、全く良いことなくて、ご利益ゼロでした」
店主さんは大声で笑いながら

「だって、ハリボテですもの」

僕も笑ってしまった。

「今はどうですか?」
店主さんが聞いてくれた。
「はい、上手くいかないこともありましたけれど、何とかやってます」

「そうですか、健康で生きているだけで幸せなこともあります。先先代もそうでした。若い頃は全くいい事無かったですがこの店を持って、亡くなるまで勤め上げました。100年続く店になりました。『大器晩成』。きっと貴方もこれからですよ」

僕は体が熱くなるのを感じた。多分目が赤くなっている。何だか店主さんにそれを見せてしまうのは申し訳なくなって、顔を伏せた。

「大丈夫ですか?」

「・・・はい、ありがとうございます。店主さんはこれからどうされるんですか?」

「そうですね、もう商売をする必要はないですし、孫も生まれて後は奥さんと静かに暮らしていこうと思います」

「それはいいですね」

「ええ、やってみたいこともあります。これからの人生楽しみです」
店主さんはしっかりと前を見据えて楽しんでいる。僕も見習わなくては。

「今日はありがとうございました。とてもいい話が聞けました」

僕は深くお辞儀して最大限の感謝の気持ちを伝えて店主さんと別れた。
僕はこれからも頑張っていこうと思う。

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