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別世界では別職種だった件 マエダ編 第1話

第1話 転生
「あー、今日も良く飲んだし楽しかったな」
 軽く目を瞑って今日の飲み会を締めくくる。たらふく飲んで大いに笑って、飲み会の最後に目を閉じて満足感に浸るのがいつものルーティンである。
「じゃあ帰ろうかな」
 こう思って目を開けると視界の先には理解不能な景色が広がっている。先程まで仲間達と一緒に『道』で飲んでいたはずだ。あまりもの衝撃に思考が混乱する。まずここは外である。微かな星の明かりで確認できるのは広大な広野のような場所であり、見渡す限り人工物のような物は確認できない。次に自分の視点の高さである。地面がかなり下の方にあるのを考えれば、高い場所に自分はいるらしい。
「夢にしても何だこれは」
 夢としか考えられないが、今まで見てきた夢とは明らかに感覚が違う。とりあえず状況を確認してみよう。こう考えて体を動かそうとするが、体がうまく動かない。
「人じゃない?」
 体を動かそうとするもいつもの感覚とは違う何かを感じ、体が動かないのである。頭が混乱する中、何か下の方で声が聞こえることに気づく。見ると2人の女性が何か喜びあっているのと、もう1人別の女性が近くに立っているようだ。良く見るとその2人の女性は見覚えがある。
「ドラゴンは大当たりだよ!」
「そうなんだ。だったら良かった」
 女戦士風の女性が叫んだ声に、少し変わった服装をした女性が返事を返す。そしてもう1人の女性が話を始める。
「これはただのドラゴンではないですね。おそらくドラゴンナイトかと思われます」
「すごい!ドラゴンナイトって。さすが雅美だわ!」
「どれくらいさすがかはわからないけど、ありがとう良子」
 女性の話を聞いて、リョウコとマサミという名前らしい2人はさらに喜びを高めている。
「ナイトに変体させましょう。私と同じように唱えてください」
「わかりました。ウルネ様」
 ウルネが何やらわからない呪文風なものを唱えはじめ、マサミもそれに合わせて呪文を唱え始める。すると目の前のドラゴンがだんだんと小さくなり、最後には人型の姿に落ち着いた。
「すごい。人型になったわ・・・って前田くん?」
「前田くんじゃってキャー」
 ドラゴンから変身した人物を注視した2人はその人物がマエダだという事を理解するとともに、全裸であることにも気づいて、目を両手で押さえて奇声を発した。この段階でマエダは自分が今は人型の体をしていて、尚且つ全裸であることに気付いたのである。
「ごめん。わざとじゃない」
 一応大事な部分を手で隠しながら、今の状況が仕方がなかったことを説明する。もちろんそれは女性3人もわかっていることなので、特に文句があるわけではない。とりあえずマエダはリョウコからコートのような衣服を受け取り、全裸の状況は回避することができた。
「この状況を説明して欲しいんだけど」
 当然の質問をマエダが投げかけたが、それにウルネが割って入る。
「状況説明は後でゆっくり行ってもらうとして、ドラゴンに戻す方法も教えてもいいかな。私もこの後用事があるのでな」
 こう言ってウルネは再度呪文を唱え始める。そこでマサミも仕方なく続けて呪文を唱えはじめた。するとマエダの体は次第に大きくなり、最終的には先ほどのドラゴンの姿に戻ったのである。
「では私はこれにて失礼する。後は3人で頑張りなされ」
 こう言ってウルネは静かにこの場を去っていった。
「とりあえずまた人型に戻すわね」
 こういって先ほど覚えた呪文を唱え、目の前のドラゴンがまた次第に小さくなっていくのを確認する。そして少しずつ近づいていき、マエダの姿を見るとまた全裸になっている。どうも先ほどドラゴンに戻した時に渡したコートは引き破られたようである。
「キャー」
「いや、不可抗力だって」
 ため息をつきながらマエダが言葉を漏らす。確かに今のは不可抗力で間違いない。ここで何かしらの衣服をマエダに渡したかったが、2人ともに微妙に薄着であり、予備の衣服も持ってない状況だ。
「私の代えの下着ならあるけどいる?」
「いや、パンティだけというのは全裸より恥ずかしいからいらない」
 こう言ってマエダはその辺りにある大きな葉っぱで大事な部分だけを隠すことに成功する。それを見て2人は思わず笑ってしまったが、今の状況だと仕方がないことであろう。
「じゃあ行きましょうか、詳しいことは後から説明するわね」
 このリョウコの指示で3人はゆっくりと移動を始める。何やら怪しい雰囲気の街道を進んだので何か起きそうな予感を感じていたが、特に何も起きることがなく、目的地らしい街に到着する。その街は入り口に関所があるらしく、中に入る目的の人たちが並んでいる。その後ろにリョウコは並び、2人もその後ろに並ぶ。
「なあ、俺って関所通れるの?というかほぼ全裸なんだけど」
 疑問に思ったことをマエダが口にする。それを聞いた2人はてっきりそのことは失念していたようである。
「前田くん少し我慢してね」
 こう言った後でマサミが呪文を唱えると、マエダの体は消滅するように消えていき、マサミの中に吸い込まれた。この後2人は何食わぬ顔で関所を通過して街に入ることができ、そしてそのまま2人が住んでいる住居まで移動した。
「服を準備するねー」
 家に入ってすぐにリョウコはマエダ用の服を準備する。もちろん男性用の服はないが、さしより男性が着てもおかしくないものを探し出して準備した。
「オッケーだよー」
 この合図を聞いて、リョウコは呪文を称える。すると相変わらず葉っぱだけを装備したマエダが出現した。
「服準備ご苦労」
 簡単にお礼を述べた後、準備された服を着始める。サイズに不安があったが、少し小さい気がするぐらいで、おかしな感じはしないようだ。
「ふうー」
 やっとまともな服が着れて、安心したマエダは大きなため息を吐く。それを見て2人は思わず笑顔を浮かべた。
「さて、では詳しい話をしないといけないんだけど、前田くんだし、飲みながらが良いわよね」
 当たり前のようなリョウコの言葉にもちろん同意の意を示す。転生しようが何しようがアルコールは絶対だ。3人は家を出て、いつも2人が通っている店に出かける。そこは大衆居酒屋のような場所であり、たくさんの飲兵衛たちがそこかしこでグラスを傾けている。
「残念だけどこの世界にビールはないんだよね」
「お口に合うかどうかわからないけど」
 テーブルに座った後でテキパキとリョウコが注文し、注文を終えたタイミングでマサミも言葉を漏らす。ビールがないことは非常に残念なことであるが、それよりもここで1つ疑問が浮かぶ。自分は転生して来たとはいえ、おそらく目の前の2人のように普通の人間ではない。先程から感じているのが、喉が渇くとかお腹が空くとか、後はトイレに行きたいなどもまったく感じない。それはそれで便利なことなのであるが、果たしてお酒が飲めるのだろうか。もしアルコールを飲めないとか、飲めても美味しさを感じないとかであれば、自分にとってこの世界は存在意義がないのと同義なのである。こう心配していると、テーブルにジョッキに入ったアルコールと数点の料理が並べられた。
「じゃあ前田くんがこちらの世界に来たのを祝してカンパーイ」
 明るい笑顔を浮かべてリョウコが乾杯と叫び、3人はジョッキをぶつけあう。そして恐る恐るアルコールを口に運び、一気に口に流し込んだ。その様子を見ながらリョウコとマサミが少し心配そうな表情を浮かべている。そしてジョッキの中のアルコールを飲み干した後で、そのジョッキをテーブルに置いた。
「うまい!」
 まるで落ち込んでいる選手を復活させるために自ら禁酒をしていたテニスコーチが、久しぶりに日本酒を飲んだ時に浮かべたのと同じような笑顔を浮かべ、マエダははっきりと言葉を述べる。これを聞いて2人は非常に安心し、この後はこの世界の状況などを説明しながら、アルコールを消費していった。そしてある程度飲んだ後で、本日の飲みはこれぐらいにして帰ることにする。店を出て家に戻った3人であるが、結構お酒も飲んでおり、そのまま休もうという話になる。そしてリョウコとマサミは自分たちのベッドに横になりすぐにすやすやと寝息を立て始めた。これを見て大きくため息をついたマエダは、隣の部屋の絨毯がふかふかなのに目をつけてそこに横になることにする。とはいえ、睡眠が必要なのかと言われればどうもそうではないような気がする。ただずっと起きててもすることがないので、絨毯に横になり、少し目を瞑ることにした。少し意識が飛んだのだろうか、時間が経っている感覚がある。後両手に何かの感覚が・・・
「うわ!」
 自分の左右を見ると先程までベッドで寝ていたはずのリョウコとマサミが自分の右腕と左腕に抱きついて眠っている。思わず叫び声を発したが2人は起きる気配はない。
「ど、どうする」
 どうするもこうするもないのであるが、転生してきていきなりの状況に判断力が追いつかない。そしていくら考えても良い考えが浮かばないことを理解したマエダは考えるのをやめたのである。

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