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詐欺に遭った璃子

世の中には詐欺事件が横行している。
詐欺に遭う人の特徴は様々であるが、欲深かったり楽を考える人ばかりが遭うものでもない。

璃子は会社員・既婚45歳、夫の誠は3歳年上で、子供はいない。

結婚して12年、夫の誠は3年前に体調を崩し仕事を休みがちになり、その影響からか双極性障害を患い休職していたが、休職から二年目に退職した。

夫婦は健康を害する事など考えにも及ばなかった、貯蓄よりも楽しむ事を優先してきた。
保険にも加入していたが、掛金も最小限で保証が少ない。
誠の病状は、ジワジワと家計を圧迫していった。

誠の双極性障害は、楽観的に物事を捉えられたり興味のある事が出来る時には普通に見えるしテンションも高いが、一転して思考がが負の方向に向いてしまうと、終末が訪れたかの様に一気に落ち込み、妄想に襲われる。
時には璃子にモラハラ的な行為を働く事がある。

璃子は一人っ子で両親は既に病気で他界しており、親戚とは疎遠なるため頼る相手が居ない。

誠の両親も他界して兄・姉はいるが兄弟仲はすこぶる悪く、何年も音信不通の状態だ。

頼る先は無く、お互い相手に執着していた。
病気になったからといえ距離を置く選択肢には考えがおよばなかった。

10年前くらい前、都内の下町で中古一軒家をローンで購入・居住している。
璃子の勤め先へは、交通の弁は良いが、片道一時間半を要する。

誠は、鬱状態に陥らなければ至って普通なので家事も進んで行い、夕食の準備もしておく事がある。
外食が主流だったが、現状では助かるので璃子は黙認していた。
これが夫婦関係を悪化させる原因になろうとは思ってもいなかった。

誠は家事に拘りを持ち始め、家事・家計の負担が減るどころか逆に増えていった。
食材から洗剤・用具に至るまで便利で良い物をと、TVやネット通販で高価な買い物をするようになった。
最初は苦笑いで済んだが、
購入して一年も経たない掃除機を、機能が良いからと外国製の高額な最新型掃除機に買い替えた。
誠の心のケアや、減額した収入分を補おうため昼食の外食も止めコンビニ・スーパーの弁当やパンを食べた。買い物は値段を確認する様になりブランド品は避けコスパ重視、余分なモノも買わないようになった。
半ば自覚がないものの、ストレスは溜まり璃子も精神的に追い詰められていた。
掃除機も相談されなかった不満が相俟って、璃子の怒りは爆発した。

医師からは傾聴を第一に心掛け、直して欲しい事がある場合は諭すように時間をかけて理解してもらう必要があると言われていたが、ソレを実行する余裕が璃子には無かった。

お互いに罵倒する様な内容の言い争いの結果、誠は鬱症状が現れ黙り込んでしまった。
我に帰った璃子は、誠の症状を確認しつつ口を開くのを待った。

誠は買い物を正当化しつつも、相談しなかった事については璃子に謝った。
高価な買い物が出来ないよう自分からクレカを璃子に預け、通販などの決済からもクレカを解除した。
一旦、夫婦仲の落ち着きは取り戻したが、家計は逼迫の一途を辿った。

そんな矢先、詐欺の魔の手が璃子に近付いていた。
世間では詐欺事件が横行し被害額が数十億とも言われ、また、政治家の汚職や裏金問題・年金問題など問題が多発している。
璃子は詐欺に遭うには縁遠い家計だと、横目で見ていた。
自分が詐欺に遭おうとは夢にも思わなかった。
少しの間、夫婦は穏やかな時間を過ごしていた。

十何年か前、非課税であって個人が老後の資金を増やし確保しようと国(政府?)が推奨している投資信託が新しくなったと話題になっていた。
璃子達も少額で行っていたが、ニュースで語られる程の利益は出ていない。

そんな矢先、ネットで有名な投資家が相談に乗ってくれるなどと、多数の広告が出ていた。
現代はSNSが目まぐるしい発展を遂げて、誰もが利用している。
しかし、多くは詐欺事件に利用されている。
誰とでも繋がれる時代、まさか自分が詐欺に遭うと思う人はいない。
璃子はある投資家の名前をネットで目にした。
ほんの数日前TVで生出演していた有名な投資家だ。

バーナーから無料相談を申し込み返信を待った。
登録したメールアドレスに返信があり、SNSで友達登録を促され相談がスタート。
今、増やせる投資先を指南してもらいたいだけだったが、言葉巧み金取引に誘われた。

口座を作りFXのように売り買いするだけで利益が出る。
売り買いのタイミングなど全てを投資家とアシストがSNSで指示する。
指示通りに売り買いすれば、毎日 数十万の利益が出る。
200万円から取引できる。
円安でも金は万国共通で、相場は上がりまくり、今が絶好のチャンス、ニュースでも円安でプランド品が高く売れているし、金製品も単価高で売れている。

璃子は、甘い話だと思いつつも、半分の資金なら用意できると告げ断られると思っていたが、今回は特別だという相手の手中にハマり参加することを決断した。
勿論、誠には相談できない上での参加だが、相手の話を聞いた上で変に納得してしまっていた。

100万円は今の璃子にとって高額だが、数日で、の言葉に夢を見てしまい、話に乗ることになったが、これが悪夢の始まりだった。

取引所の口座(証券会社?)開設資金10万円を入金
2日後の夜 取引開始

投資家のアシスタントだと紹介された由実なる女性からSNSに連絡が入った。

取引準備を開始
口数の指示が出て、更に売りか、買いどちらかの指示が出る。
数十分後、儲けが最高額に達すると予測された時点で指示が出て、買った場合は売り、売った場合は買い戻して利益が確定する。
平日は、ほぼ取引が開催されていて、毎回利益が得られた。
璃子は元手が数週間で倍以上になり、手応えを感じた。

数日が経過した頃、取引所がメンテナンスで休場となる日があった。その日を境に毎日の利益額が少なくなった。
更に数日後、利益額が大きく上がった翌日、事件は起きた。

取引準備をし連絡を待っていると「利益が増え始めたので取引口数を増やし更なる利益を追求しましょう」とアシスタントの由実からメッセージが入った。
なんの疑いもなく1.2倍の口数で取引を開始した。
しかし開始当初から様子がおかしい。
数分で赤字に転じた…いつもなら数秒で持ち直すのにこの日はみるみるうちに投資口数の3倍以上の赤字になっていった。
と、急に数字の動きが止まり強制終了となった。
璃子は急いでアシスタント由実に連絡した。
返事はというと、赤に転じた事で補償金が足りず強制終了した。
璃子さんの資金では少なすぎた、と。
璃子の取引口座には残高0の数字が残った。

どうにかして元本だけでも取り戻したい璃子に、救いの魔の手が襲ってくる。
アシスタント由実は「今回のコトは投資にはつきもので、自分も数百万の赤は度々発生するが、必ず取り戻す事は出来る。
あと100万用意して次の取引の指示を待って下さい」と璃子に告げた。
勿論、璃子に資金を準備する余裕は無い。
由実に緊迫した内容のメッセージを送ると「私が璃子さんに三百万の資金を融通できます、これで損失を取り返し私に返して下さい。
私に返しても、璃子さんにも元本以上の金額が戻ってきます」と返信が来た。
半ばパニックになっている璃子の精神状態に漬け込む様なメッセージだが、璃子には疑う余裕すらなく話に飛び付いた。
すると、30分後に璃子の取引口座に資金が入金された。
入金を確認したことを由実に連絡すると「今晩の取引を待って下さい」と返信が来た。
夜になり取引準備をしていると、由実から投資口数の指示が出た。
しかし、この日を境に、利益は少額になっていった。
由実からは融通した資金の返金に関するメッセージが入るようになり、手立てとして保険や預貯金の解約などを促すメッセージが届く日が続いた。
金の取引指示も受けられなくなっていた。
璃子は相談する相手も無く、途方に暮れる日が続いた。更に追い詰められ、精神状態も限界に近かった。

由実にメッセージを送っても、返信が来ない日々がつづいた。
璃子は焦り何度もメッセージを送った。
すると4日ぶりに由実から由実から返信が来たが、璃子の問い掛けに関する内容の返事は無く「お金の準備が出来たか」と、確認のメッセージだけだった。

そんな最中、何かお金を得る手立てはないかと副業について調べようとネットを開くと「詐欺事件」の文字が目に飛び込んできた。
我に帰った璃子は、ここでようやく自分が詐欺に遭った事に気付いたのだった。愕然とした。
まさか、自分が詐欺に遭うとは。
絶望感に襲われ、次の瞬間、思考が止まってしまった。
悔やんだ。泣いた。過呼吸に陥った。歯を食いしばる、頭を壁に押し付ける、強く自分の腕を掴む、ツネる、噛む、などの無意識な自傷行為、壁を叩く、蹴るを繰り返し、ブツブツ独り言も繰り返す様になった。
誰にも知られてはならない、どうにかして失ったお金を取り返したいが、夫にも誠にも相談できない。友人や夫婦関係の破綻も恐れた。
だから警察には届けられない。

我に帰り、毎日のようにネットの詐欺事件を検索する毎日が続き、1週間が過ぎたある日、弁護士事務所の広告メッセージが目に飛び込んできた。
「一人で悩まず、ご相談下さい」
ネット広告から始まりSNSで詐欺に遭った璃子は、先ず疑念を持つしか頭が働かない。
被害者心理に漬け込む「悪徳弁護士」も蔓延る世の中だから。

被害の事実を知らない、仕事と家庭の人間関係の中で辛うじて精神状態を保っている璃子であった。

警察に届ければ自分もニュースに出てしまうかもしれない、誠にも話さなければならなくなるし、職場にも…心配は尽きず不安が増すばかり。
意を決して、一つの弁護士事務所のドアを叩いた。

事務所は高層ビルの5階フロアの一角で、受付、事務所スペース、個別に3部屋の相談スペースを設けていた。
最初の対応は、受付で紹介された伊藤と名乗る弁護士が対応した。
「初めに、内容によっては受けられない事があるので承知おき下さい」と言われ、経緯と被害額を聞かれた。
「当事務所は中野弁護士を代表とし、私と他にもう一人の合計3人弁護士がおります。それと3人の事務員です。
詐欺に特化しており、詐欺も多様化していて、オレオレ詐欺、家屋の修理を装おった修繕詐欺、投資を持ち掛けるロマンス詐欺、他にもまだ沢山あります。
内容によって受けられない事例もあるので、伺った内容を精査します、暫くお待ち下さい」と席を立った。

璃子は、動悸を覚え手に汗をかき、出されたお茶を一気に喉に通した。
5分ほど経過したが璃子には数十分に感じられた時間が経過し、伊藤弁護士が初老の男性を連れて戻ってきた。
この初老の男性が中野弁護士だった。

結論は「依頼を受ける」との事。
中野弁護士の同席の下、再度 被害の経緯を説明を求められた。
話の内容に相違がないか確認のためだと言う。

そして、契約を結び被害回復への手続きを事細かく説明され、璃子は2時間程で事務所を後にした。

毎日、生きた心地がしなかった。
詐欺に遭うと、自分や家族、親近者以外の全ての人間を信じられなくなるし、それ以外の人間は現状を悟られないために遠ざけるようになる。資金繰りはままならず、窮地に陥る。

弁護士に出会えた事で、被害回復への一歩を踏み出した。

長い道のりが続くが、ほんの少しだけ心の拠り所を見つけた璃子だった。



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#フィクションとノンフィクションの間
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