見出し画像

ある月のはなし (さっちゃん)

昔々、小さな島に LAU という不思議な子がいました。

島は海の幸に恵まれていましたが、いつからか十分な魚が捕れなくなりました。

困った島人は「そうだ、あのLAU を海に捧げよう」と、葦舟を作り、荒波に放ちました。

その日は満月。LAU はふるえながら月に訊ねます。

「おつきさま、わたしどうなるの?」

「大丈夫。今はゆっくりおやすみ。」

朝になると LAU は、鳴尾という見知らぬ浜辺にいました。

見上げると森があったので、まっすぐ歩いていきました。

森にはオガタマノキとタロイモ畑がありました。

LAU はそこに暮らし始めました。

森には生きものたちがやってきて、思い思いに物語の種をまきました。

LAU は「ほう、それはいいね。しらんけど。」と聴きました。

種は豊かに芽吹き、LAU はいつしかサチノカミと呼ばれるようになりました。

ある明け方サチノカミがいつものように川を散歩していると突然大地が大きく揺れました。

近くの山が噴火したのです。

あわてて畑に戻ると、オガタマノキが倒れていました。

サチノカミはその場に立ち尽くし、それからゆっくりと枝で火を焚き始め、

霧雨と灰が降る中、炎を眺めてひっそりと声を出さずに泣きました。

焚き火を終えた後、今度は幹で筏をつくり、昔たどり着いた浜に戻って乗り込みました。

その日はウエサク満月。

「お月様、私どうしよう?」

「大丈夫。今はゆっくりおやすみ。」

明くる日、筏は鳴門海峡へ。ほどなく目の前に渦潮が現れました。

「次の場所はここだよ、おいで。」と呼ばれたサチノカミは、えいっと思い切って中に飛び込みました。渦の中は目が回りそう。でも何だか楽しくて、されるがままにぐるぐるしていると、だんだん身体は軽くなり、ふっと力を抜くとついにぴょんっと高く飛び出しました。

そして、サチノカミは夜空に浮かぶ月になっていました。

月は毎晩毎晩、大きくなったり小さくなったりしながら、潮と一緒に流れをつくって遊びました。

そして、海に浮かぶ人たちのいろんな気持ちを優しいひかりで照らしました。

幾度も季節がめぐり、滞っていた水の流れが調った頃、ふたたび朝が来て…。

「幸湖、準備できたー?」という娘の声に目をあけると、着物姿で鏡に映る自分がいました。

その日は新月。始まりの時でした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?