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【アーカイブ】CGTVの裏側

(『CG CLUB NEWSLETTER』 2021年10/11月号より転載、加筆・修正あり)

 昔も今もそうなのだけれど、自分が出演している『CAR GRAPHIC TV』(CGTV)は絶対に見ない。後悔と恥ずかしさに押しつぶされて、穴があったら入ったままもう2度と出たくない心境になりそうだからである。「いつもクルマの原稿書いてるんだから、そのクルマについて知っていることを話せばいいだけじゃん」と思われるかもしれない。確かにその通りである。ただ自分は極めて不器用に生きている人間であり、物書きとして末席に座っている者がトークをするということは、例えばお寿司屋さんが天ぷらを揚げるような、門外漢のスキルが要求されるものだと思っているからだ。当然のことながら毎回納得できるはずもなく、己の痴態をさらしただけの映像なんか見たくないと思ってしまうのである。

 でもお引き受けした以上、今回も最低限の準備はしたつもりだった。お題はメルセデスの新型SクラスなのであらためてSクラスについて復習したし、ピンマイクが付けやすいシャツにしようといった身だしにも一応気を配った。それでも当日は風が猛烈に強くて髪の毛が一瞬にしてぼっさぼさになるなど、どれだけを準備をしても「想定外」の事態は起こり得るということを思い知らされた。

 「想定外」はCGTVには付き物である。外でのロケなので天候に関する想定外はもちろんなのだけれど、もっとも恐れるべき想定外は、田辺さんや松任谷さんが放り込んでくるトークの数々である。以前、プロ野球選手のキャッチャーが「僕らでもピッチャーがサイン通りに投げてくれないと確実に球を捕る自信はない」と語っていたけれど、CGTVの場合はサインはおろか脚本や入念な打ち合わせすらもない。いわゆるぶっつけ本番である。

 現場に到着して撮影スタッフの皆さんに挨拶をして、今回は田辺さんがお休みだったので、すっごい久しぶりにお会いする松任谷さんと近況報告なんかをしていたらいつの間にかピンマイクが付けられ、「それじゃオープンニングのトークいきまーす。サン、ニー…」てな具合だ。せめて「どんな感じで行きますか」とか「これは外せないですよね」とかぐらいは事前に話しておいてもいいと思うのだけれど、昔からCGTVはこのスタイルを貫いている。

 松任谷さんはもちろんプロなのでいつも余裕をかましている。それがちょっと憎たらしいし、こっちが焦る様を楽しんでいるようにも見受けられる。今回のオープニングトークでは、松任谷さんが「今日、ボクはどんな気持ちで試乗したらいいでしょう」なんて変化球を投げてきた。「いつもそんなこと聞かないじゃん。好きなように乗ったらいいじゃないっすか!」と内心思ったけれどまさかそうも言えず、とっさに思い浮かんだ言葉を適当につないで「例えばW126なんかを思い出しながら……」とかなんとか、いかにももっともらしいことを話してどうにかその場をやり過ごした。

「CGTVの収録では緊張しないんですか?」とよく聞かれる。正直に言うとまったく緊張しない。さらに正確に言うと、緊張する暇もないくらい脳みそが瞬間的に全開で回っているのである。原稿を書くときはそれなりに時間が使えるので、句読点を打つか打たないかで何時間も悩めるし、何より何度も読み返してその都度修正できる。いっぽうCGTVの場合は、将棋の「長考」みたいなことが許されないからレスポンス勝負なのだ。加えて「すいませんいまのとこもう一度いいですか……」と、撮り直しを申告できるような現場の雰囲気もない。いつもは42.195kmのマラソンを自分のペースで走っているのに、突然100mの短距離走に出場するような気分でもある。

 こんな素人が相手でも、CGTVのスタッフの皆さんはイヤな顔ひとつせず、いつも優しく紳士的に対応してくださって、まったく頭が下がる思いです。相変わらず手際がよくて無駄のない動きはまさしくプロの仕事である。だから彼らの努力が少しでも報われるよう、これからもCGTVをぜひご覧ください。と言いたいところなのだけれど、自分が出演する回だけは裏番組をお楽しみください……。

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