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【アーカイブ】GT-Rマイスター、再降臨

(『CAR GRAPHIC』2014年2月号より転載、加筆・修正あり)

 日産自動車のテクニカルマイスターである加藤博義氏は、R32のGT-Rの開発過程においてニュルブルクリンクを中心に徹底的な走り込みを敢行、その乗り味に磨きをかけてきた中心人物である。その後もR33、R34と一貫してGT-Rの開発に携わり、彼にとってGT-Rというクルマはもはや愛娘のような存在となっていた。しかし現行のR35の開発がスタートした時、チームのリストに彼の名はなかった。

「会社の方針だから。サラリーマンだもん( 笑)」

 そう笑っていたあの日から約10年、再び彼がGT-Rの開発チームに帰ってきたのである。

「今回はほとんどNISMO仕様にかかりっきりでした。もちろん、ニュルにも何度も足を運びました」

 スポーツカーの開発において、ニュルブルクリンクを走るということはやっぱりどうしても必要なのだろうか。

「うーんどうでしょう。ニュルで走るにはそれなりにコストもかかるので、ただ闇雲に走ったり、走りましたという証拠を残すために走る必要はないけれど、なくなってもいいとは思いませんね。スポーツカーにとって速さはすべてではない。でも、そこには補って余りある魅力があるのも事実。だから、ある程度のレベルまではやっぱり追求したくなる。テストドライバーの性(笑)。

 ご存知のように、ニュルには世界中の自動車メーカーが集まってきます。いまでもGT-Rがコースインすると、他のメーカーから一目置かれるわけです。いち自動車メーカーとしては、はったりをかますじゃないけれど、技術力をライバルにアピールすることは重要だと思うし、ニュルはその舞台として最適なんです。それに拡大解釈するなら、ニュルできちんと走れるクルマなら、世界中のどんな道でもたいていは走れますから」

 久しぶりにGT-Rの開発チームに加わって、彼がメンバーへ伝えたことはたったひとつだけだったという。

「彼らもプロですから、僕がいまさら言うことなんてほとんどありません。でも、ニュルではすべてのラップをデータとして残せ、これだけは最初に伝えました。意外に思われるかもしれませんが、我々はコースを使う時間が限られているので、とにかく周回を重ねることを優先してしまい、全周回の走行データを残さないことが少なくないんです。特にあまりかんばしくないデータはね(笑)。でもよくないデータこそ重要。失敗した時のデータがあれば、それ以下にはいかないように工夫できるので。

 それに、自分が言うのもなんですが、テストドライバーの言うことなんてあんまりアテにならないんですよ(笑)。どうしても最後には、気持ちがいいとか楽しいとか、そんなことで判断しちゃう。データがあればその裏付けができるし、みんなでそれを共有できる。僕の感覚だけに依存してしまうと、万が一僕に何かがあったらそこで開発がストップしてしまうでしょ。限られた予算と時間でやっているのだから、それが台無しになるようなことは絶対あってはならない。

 エンジニアはある目論見をもって設計する。僕ら実験部隊はそれを目論見通りかどうか実証する。試験ではない。試験は点数を付けて終わりですが、実験はデータを集めて解析して分析して、結果をまとめて改善策を提示するまでが仕事なんです」

 そして個人的にどうしても聞きたかったのは、R35に対する彼の本当の想いだった。

「正直、R35にはもう一生乗らないと思っていたし、乗らなくていいとも思っていたし、開発チームに招集されるまで実際にじっくり見たり触ったことすらなかった。実は息子も日産自動車に就職しちゃってね(笑)。同じ会社にいるから、イヤでも親父の話は耳に入る。だからきっと気を遣ってくれたんでしょう。家ではこれまでR35の話は一度もしたことがありませんでした。

 ある日、R35に乗って自宅に帰ったんです。そしたら息子がえらく驚いた顔をしていてね。何だよって聞いたら、オヤジはもう一生R35には乗らないと思ってた。だから自分もR35に乗ることはないだろうと諦めていたと。じゃあ乗ってみるか? って誘ったら、親父が運転するならいいよって。男同士っていいですよね(笑)」

 おかえりなさい、加藤博義さん。

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