英会話は勉強ではなくアソビで習得できる
皆さん、はじめまして。
英会話教室"語学堂"の塾長をしている小倉進太郎です。
生徒から、ラジオで話していることも文章でまとめてみたら良いのでは?とのアドバイスがあり、noteをスタートしました。
ラジオ「おしえて進太郎!アソビと世界🌏」
色々なご意見を楽しみにしています。良き意見も悩める意見も、全てが今後の語学教育、そして、教育全体と日本と世界の発展に繋がっていけば嬉しいなと思っています。
最初のテーマは、「英会話は勉強ではなくアソビで習得できる」です。
ほんとかよ。と思われるタイトルではありますが、最初からここにたどり着いた訳ではございません。
少なく見積もっても、仕事だけでも、「8年」は語学教育に携わり、行き着いた答えであります。
少し遡って、なぜそこに行き着いたのかをお伝えします。
▷フランスの「パリ政治学院」に留学
最初の語学教育の必要性を感じたのは、私が慶應義塾からチャンスをもらってフランスのパリ政治学院(元フランス大統領のジャック・シラク氏をはじめ,歴代の政界・財界の著名人,およびEUを牽引するトップエリート達の母校として名高いフランスのエリート養成機関「グランゼコール」の一つ)に交換留学をした時でした。
私の人生を変える経験をしました。
パリ政治学院では、毎日が国連みたいな感じというか、とにかく皆自信がある。そしてそれを裏打ちするかのような努力があります。
毎回の授業が誰かのプレゼンテーションで始まり、議論で終わる。というような授業なので、非常に刺激的でした。
フランス人と聞くと、(こんなこと言ったら怒られそうですが)"バカンスが多くて、あまり仕事しなさそう。気軽そうにワイン飲んで人生楽しんでいいなー。"というイメージがあるのではないでしょうか?
私もそう思っていた一人でしたが、このグランゼコール(フランスでは、大学の上に位置している教育制度)では、違いました。
皆、ものすごい学ぶ。好奇心の塊。完璧にこなそうとする。
仕事も将来すごいできそうだなと思いました。
国を背負うような人たちなので、こんな人たちが頭も口もうまかったらすごい安心だなとその時の私は思った訳です。
ちなみに、シアンスポ(パリ政治学院)は、オランド大統領やサルコジ元大統領、シラク元大統領などを輩出した場所でもあり、校章は、ライオンとキツネが向き合っているエンブレムなんです。王道と賢さの意味でしょうかね。説明を受けた記憶があります。
さて、この前置きがなぜ必要かというと、ここからが語学の本題に入るからです。
アジア、日本からパリ政治学院に来る留学生たちもすごいんですよ。
自分もどちらかというと、自信もありすごいと思っているタイプではありますが、他の留学生も努力ができ、センスもあって、育ちも良い。そんな感じなんです。
そんなところに、「やります!できます!やってやります!」みたいなタイプで運が良かった自分が転がり込めたわけです。今思えば、私もよく頑張りました。学生だろうと、社会人だろうと、引退後の人生だろうと、その時の人生を真剣にすれば、真剣に色々なものが跳ね返ってきます。本当に大きなものを学業で私は得ることができました。
さて、そんな素敵な皆さんでしたが、時に、言語が苦手な人もいました。
そこで大きな気づきがありました。
▷世界は言語が苦手な人を相手にしない
世界で生きていくためには、いくつか方法があると思います。
●言語を駆使してコミュニケーションを取る
●母国語のみでもすごい功績をあげていて、その言葉に合わせてでも話したい人になる
●言語以外の言語であるスポーツ、エンジニアなどのスキルがある
●世界を目から逸らして生きていく
この4つぐらいになるのではないでしょうか。
何をお伝えしたいか?
この留学先で、私の知り合いや友人で、自分よりも断然優れているし、学業として本当に魅力的な人だけども言語が達者でないが故に、あまり自分を出し切れていない、すごさが伝わっていない、楽しめていない。そんなところを目の当たりにしたのです。
かく言う私ももっと言語が達者であれば、もっともっと楽しい日々を過ごせたと思いますし、もっと深く悩み考えることもできたと思います。
言語コミュニケーションがないと、適当に仲良くはできますが、深く人生を知ることは絶対にできないのですよね。
非常に悔しい思いをしました。
この経験を経て、「日本の魅力的な人を、もっと世界に魅力的にうつしたい」「言語が多くの人ができないことは、その人の損失だけでなく、社会全体、世界全体の損失だ」
そう思うようになりました。
自分は性格上、現地でもペラペラと話せるふりをしながら(もちろん結構できますよ笑)ノートを集めたり、わからないところを質問したり、テストで何が出るか調べたり、プレゼンのサポートをしてもらったり、パーティーをオーガナイズしたり…。
ただ、これは会話が通じるからです。
ですが、会話ができない場合、残念ですが、日本語が通じなければ、赤ちゃんと同じ状態になってしまいます。
すごい強い言い方をしますが、そんなものです。
だからこそ、自分にスポットが当たるのではなく、より自分より魅力的な人を魅力的に伝えたいと思う気持ちが強くなりました。
寂しかったんです。
最初は、「君は他の日本人と違う」なんて言われ、嬉しく感じて、「俺はすごいんだ」なんて思っていましたが、少しずつ"他の日本人"ってどんな意味だ?って思うようになりました。
さて、これは自分の想いでしたが、当事者にとっても損失は多いと思っています。
人は人から何を学ぶのでしょうか?
色々なスキルも含めて、大きな枠組みで言えば"人生"だと思います。
これが伝え合えないと言うのは、残念なことです。
会話以外から学べることは多くあります。会話から学ぶことだけがもちろん全てではないですが、そこにいる現地の人、そこに集まる人と出会い、別れ、話をすることは、必ず自分の人生を豊かにしてくれるはずです。
色々な力を得ることができるはずです。
次に、社会の損失なんて言葉を使いましたが、この話もしておく必要があります。
言語ができないことは、本当に社会に損失をもたらします。
なぜでしょうか?
あなたの魅力を、あなたの話を待っている人が、世界中にいる可能性があるからです。
一人でもいれば、人生を生きた意味があるでしょう。自分のことを理解してくれる人、自分を大切にしてくれる人、自分に似ている人、自分を求めている人。
その人は、隣にいないかもしれませんが。地球の裏側にいるかもしれません。そんなことを想像して欲しいと思っています。
私も何度も日本の話をしたり普通に楽しく接している中で、「日本のイメージが変わった、日本に行きたいと思った。」そう言われたことが何度もあります。
今や誰もが想定外のコロナ禍。
ワクチンはまだかと世界が待つ訳ですが、もし仮に世界のどこかでワクチンの作り方を知っている人がいたとします。でも言語で伝えることがなく、世界はその人を探すことができません。
さあ、どうなるでしょう?
社会的損失ですよね。
ここまでは、「なぜ語学学習が必要か?」というようなテーマに近いと思うのですが、全部繋がっています。
▷英会話ができない人が多い=教育がダメ
言葉が悪くなりますが、そう言うことになります。
この日本ですよ。色々なものが世界のどこよりも丁寧にサービスも教育も整備されています。世界的な学者も多く、テクノロジー領域においても世界をリードしています。でも言語が苦手だと思っている人が非常に多い。これは、小さなビジネスの話ではなく、大きな問題なんです。
言葉を選ばず述べると、語学教育がダメと言う話になります。
"話せない"のはなぜでしょうか?いくつかの可能性をあげてみます。
①自己肯定感が低い(できるのにできないと思っている)
②教育がされていない
③教育が不十分である
④日本政府が求めている語学教育指針と時代が合っていない
⑤日本人は、英語のセンスがない
⑥"話せない"とメディアや我々が煽っている
上記ぐらいでしょうか。
さて、大問題ですね。①、③、④を少し考えてみます。
①の「自己肯定感が低い」。
仮にできているのに、自己肯定感を高める語学教育ができていないとしたら、これは教育全体の問題です。
できる実感は自信になり、自信はさらに人を成長させて社会を変化させていきます。
次に、③の「教育が不十分」。
私はこの点を今日は指摘します。
最後に④の「日本政府が求めている語学教育指針と時代が合っていない」。
これもあります。政府は時代にあった人を教育方針で育てることで、社会に活力を入れていきます。今までは、英会話を話してもらう必要は昭和時代になかったのでしょう。または、そうできなかった理由があるのでしょう。
社会的なスコアの暗黒の失われた時代が続きました。ですが、現在は、仕事やプライベート含めて総合的に幸せを計られたり、人生の充実度が、個人で大切になる中で、日々を豊かにしてくれる言語ができないことは、大きな失敗です。
▷語学教育から教育全体と国と世界を変えていける
「日本の語学教育がダメ」だと、断言しましたが、これは、政府の方針及び我々業界にいる者に責任があります。
いつも自分に対して責任を感じながら仕事をしています。もちろん、簡単そうですごい難題であります。
なぜ、日本の語学教育はダメなのでしょうか?
それは、これだけ民度と教育水準が高いのにかかわらず、できれば良いとわかっている英会話を話せるように義務教育でできていないからです。
非常に簡単なことなのに。これが大問題なんです。目標が達成できていないということになります。
つまり、よく「1500時間使って英語ができなくて、非常に残念だ。だからもっと英会話をこんな方法で勉強しましょう」このように私たち業界は言うわけですが、これは大変な問題です。
1500時間ですよ?
大切な思春期の脳が超最高な時に、1500時間をかけても英会話ができない。つまり、無駄な時間になっているわけです。
それなら、他のことに1500時間をかけたほうが、世界、国、個人にとってどんなに良いか。
そう思いませんか?さてこんなふうに煽ってみましたが、なぜこうなるのでしょうか。
実は、私もマネジメント型の英会話がベストだと思っていました。過去にはそのようなビジネスをしていました。
「英会話をもっと勉強するんだ!!!やるんだ!!!頑張るんだ!!!軍隊だ!!!マネジメントだ!!!」これはやってみました。
それなりに成果は出ます。間違っているとは思いません。が、少し落としながあります。
●マネジメントされないとできるようにならない。
●言語の付加価値を学ぶことができない(自主性や楽しみなど)
●だいたい挫折する。
自分も多くの成功例と(申し訳ありませんが)うまくいかない例をみてきました。
思考を重ね、悩みました。方向性は、"話すトレーニングをしていない教育だから、話せるようにしてあげるようにスピーキング特化のプログラムをすべきだ。そして、それをさらに早く実践をさせてあげられるように短期にすべきだ。"ここまでは整えることができました。ある程度の成果も目の当たりにしました。
でも何か違和感がありました。あなたを話せるようにする。話せるってなんだろう?と。
英語を話せたら、人生が楽しくなります。幸せになります。なんか胡散臭くないか。本当にそうなのか?
(こんなこと考えるのは言語オタクの私ぐらいですね笑)
話せるけど話せない。
この意味が分かりますか?
私も日本人として日本語を話しますが、日本語を話せますか?と言う問いに完璧ですと言えるのかどうか。
例えば知らない人がたくさんいるパーティーで日本語はできるけど、日本語で楽しめないことも多くりました。合コンだって失敗したこともたくさんあった。ありますよね。「今日は自分と合わない」なんて言っちゃってね。
にもかかわらず、英語を話せるようになれば、世界で楽しめますよ。なんて軽々しく言えないなと思いますし、話せるようにしてあげることだけをゴールにすることは、顧客満足の最大化にならないのではと思うようになりました。
それ以前に、饅頭屋さんはおまんじゅうを美味しく作ることや、語学屋さんが短期で英会話を話せるようにすることはそもそも当然のことだろと思い始めました。
違う何かのビジョンが必要だ。
そう思った時に過去を振り返りました。今まで自分の人生や周りで幸せそうにしている人たちのことを想像しました。
幸せそうな時って、英語を話している姿じゃないな、英語なんて概念を忘れて世界の人とあそんでいる時だな。
ここにたどり着きました。
そして、白い紙をたくさん用意して、色々なことを書き出してみました。
日本の現状、日本の教育、自己満足度、幸せ、自己肯定感、自分の経験、英会話、教育…。
おぼろげながら共通点が見えてきました。
▷本当に「学ぶ」ことが必要なのか?
●日本人は、日本語会話を「学んで」きたのか。
●教育全体が、マネジメントされていて、誰かに認められるようにできていないか。
●外国人が、「私えんがわ好きです。」とか言うと、日本語うまい!私日本語ちょっとできます。なんて言っちゃってるけど、「I like sushi Engawa.」 なんて言っても、英語がうまいなんて認めてもらえることはない。
●できるけど謙遜したりしてできないとか言う文化がある。自己肯定感と繋がってるかな?
●世界で日本語を勉強している人で教育受けてないけど、ドラマだけを観て日本語ブロークンだけど話せる人はたくさんいる。
●勉強は嫌だけど、アソビはみんながする。モチベーションマックスである。
●「楽しい遊び」って実は危険もつきものだし、ある程度知識も必要。
色々な疑問が走馬灯のように出てきました。
今まで自分が善だと思っていた英会話教育が正しいのだろうか?と。
「でも、アソビで英会話なんて言ってもな」
「アソビってなんだよって定義もしないといけないし」
「人によってアソビも違うし…」
少しずつ本題の答えに近づいてきました。
ここら辺から、逆に考えてみることにしました。否定形で一旦今の現状を可視化してみることにしたのです。
●英会話はアソビではない。
●英会話はアソビでは習得できない。
●英会話はマネジメントがないと習得できない。
●英会話がないと世界を楽しめない。
●英会話がないと遊べない。
●英会話は、完璧に話せないといけない。
●英会話は、スコアがないとレベルがわからない。
少しずつ見えてきました
上記を見ていて、いやそんなことないな。この領域を振り切って教育に落とし込んでいる人がいないなと。
●英会話はアソビではない。 → 英会話がアソビだ。
●英会話はアソビでは習得できない。 → 英会話はアソビで習得できる。
●英会話はマネジメントがないと習得できない。 → 英会話はアソビで自主的に習得できる。
●英会話がないと世界を楽しめない。 → 英会話がなくても世界を楽しめる
●英会話がないと遊べない。 → 英会話がなくても世界をアソベル
●英会話は、完璧に話せないといけない。 → 英会話が完璧でなくてもいい。
●英会話は、スコアがないとレベルがわからない。 → 英会話は自己満で良い。
"あったらいいな"
"あったらいいな"が、シンプルでむずかしい。でも超えられたら、社会と人を幸せにできる。
この気持ちに気づかされて、アソビについて、色々な教育法を考えました。仕事もしながら、稼ぎながら考えないといけないので、楽しかったですけど、本当に大変でした笑
でも、この概念に一つ日本と世界の新しい光が見えたのと、生徒さんの笑顔とペラペラな絵が見えました。
アソビと英会話と言う概念に気づいてから改めて自分の体験、他の人の体験を色々と考え直した結果、すごいことに気がづきました。
「英会話を話せるようになるために、自分自身が、勉強をしていない。 遊んでいただけだ。」
なんてことをしていたんだ。と思いました。
もちろん言い過ぎな表現ではありますが、基礎的な勉強は全部役に立ちました。
概念は捉え方なのです。
勉強の後に英会話勉強する。
仕事の後に英会話勉強する。
「こんな人生は嫌だ!!!」となりますよね。
違う。英会話をする時間は、話す時間。楽し時間。遊ぶ時間なのです。
自分の伝えたい言葉のアートを他言語に乗せて伝えると言うアソビなんです。
そしてプロセスもアソビだったんです。
留学生と会って話したり、パーティーに行ったり、旅行に連れて行きました。
そんなことを思うと、自分が教える立場としてできることは何かより明確になってきました。
①英会話ができるが、世界で幸せになれないようにサポートする
②英会話が苦手だが、世界で幸せになれるようにサポートする
③英会話も得意にして、世界で幸せになれるようにサポートする
目指すべきは、②と③だ。
そう思いました。
All or Nothing の英会話の勉強という概念を、その時間が最高だというアソビと言う、更に言えば、ラグジュアリーな至福の時間にまで昇華させる。これが、言語学習と巷で言われているものをすごいかっこよくしてくれるはずだ。
学び、アソビのプロセスをもっとかっこいいと楽しんでもらえるはずだと思うようになりました。
ここからは、私の研究心が燃えましたね笑
▷マネジメント型からアソビ型へゲームチェンジ
概念だけでなく、単語の覚え方も【山手線ゲーム】にしたり【大富豪というトランプゲーム】をしながら、自己紹介をかっこよくしてもらったり。
●基礎を学ぶことにもアソビの要素を入れる → 遊んでるだけで楽しめて英会話が得意になるように工夫する
●実際にアソビをしながら、英会話を使ってもらう → 本当に遊んでいるだけ
●理想のあそびをイメージしてもらう → 自分が理想としているアソビなら、色々なスキルを手に入れたいと思う。モチベーションも上がる。
つまり、言語学習という業界に概念としてゲームチェンジャーを仕掛けることにしました。
●義務教育で英会話の授業をなくし、一般的に巷で英会話レジャーがはやる
●語学学習から英会話アソビに変える
●話せるがゴールでなく、なんでもいいから世界と遊ぶことを楽しんでもらうを目的にする
要するに、「気楽に楽しく行こうぜ」ということです。「語学堂がそんなことができる土台を作るからさ。環境を作るからさ」と。
実際に、まだまだ発展途上でしたが、2019年にこのメソッドが固まり、今までと全く違った感動を呼べるようになりました。
"語楽エンターテイメント"の誕生ですね。
最後に、皆様に少し具体例でお伝えしたいと思います。
アソビをちょっとラグジュアリーに考えてみましょう。
いつもそんなことしてるぜって人はお静かに笑
<最高のアソビの状況>
真夏の海に、最高にクールなクルーズで、海外の人たちと一緒に、船の上でお酒を飲む!
最高ですね!インスタ映えの瞬間です。
ゴールはもちろん、アソブこと、人生を楽しむこと!です。
英会話のレベルなんて考える必要ない!となるわけですが、お分かりの通り、英会話があるかどうかで、楽しみ方が変わってきそうですよね。
日本人同士で楽しむのか、かっこつけて海外の人とも英語で話すのか。気づけば仕事にも繋がっちゃったり、恋愛してしまったり。いいですねー。
こんな風に想像して、【僕は、私は絶対にお金と時間をかけたらなら、アソビを楽しみ切りたい!!!世界一この時間を楽しむんだ!!!】
と思ってもらったら、是非私に電話してください。
英会話をやりましょう笑
でも、英会話だけできても楽しめるかどうかわからないですよね。
だから、少しロールプレイングしておきましょう。
ここが具体的なHow to(最低限の必要スキル)になります。
1.自己紹介力
「僕、私、こんな人だよ」と英会話で伝えられた方がいいですね。
2.瞬発力
相手が話しかけてくれた時に、話すまでに5分かかってしまえば、日が暮れちゃいますね。
3.質問力
自分から声かけたら友達も増えますね。
4.説明力
自分がパーティー用に買った日本酒をみんなに披露できますね。それに海だから、船の使い方とか、死なないように、説明も共有したいですね。
5.表現力
「OH YEAH」だけですと、3時間ぐらいで疲れてきますね。色々な感情を伝えたいですよね。
6.ユーモア力
自分は楽しい人だと、魅力的だと伝えたいですよね。
このように英会話にも色々な【顔】があるわけです。
それは【アソビたいという目的があるから】ですね。
このように、「英会話は勉強ではなくアソビで習得できる」ということを最後に伝えおくと、上記の理由で、英会話ぐらいであれば、アソビで学びの代替が可能です。
そうすることで、
●モチベーションが上がる
●楽しい
●継続できる
●実践的
●世界の文化を知れる
●多様な英会話を知ることができる
●実は仕事でも必要であろう英会話の概念を知れる
こんなことができるようになります。
今日は総論でしたが、今後は、各論(How toを踏まえた)について話をしていきたいと思います。
長い文章になりましたが、自分の体験談と人生を込めた、英会話の学習からアソビへの変遷でした。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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