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しんすけの悲恋蒐集 『壷坂霊験記』

『壷坂霊験記』は、お里と澤一の夫婦愛の物語。そして、ハッピーエンドで終わる物語だ。

ぼくの『悲恋蒐集』に所収するようなものではない。
だが、いまでもある一節がぼくに残って、それが悲しく聞こえてくる。

まだテレビが普及しないころ、ラジオから流れてくる浄瑠璃の一節に心囚われていた。

 父様や母様に別れてから
 伯父様のお世話になり
 お前と一緒に育てられ
 三つ違ひの兄さんと言うて暮らしてゐるうちに
 情けなやこなさんは
 生まれもつかぬ疱瘡で
 眼界の見えぬその上に
 貧苦にせまれどなんのその
 一旦殿御の沢市様
 たとへ火の中水の底
 未来までも夫婦ぢやと
 思ふばかりかコレ申し。

壺阪霊験記

これは澤一に浮気を疑われた里が、誤解を解くために涙して語る箇所だ。
いまでは『壷坂霊験記』を知る人は少なくなってしまった。
だが。

  三つ違ひの兄さんと言うて暮らしてゐるうちに

この部分に聞き覚えがある人は、少しくらはいるのでないだろうか。
ぼくの幼い頃は『壷坂霊験記』を知らない人でも、この箇所を小唄か都々逸のように呟く人がいたものだ。それほど当時は、人口に膾炙していたのだろう。

そして、ぼくが『壷坂霊験記』を意識するようになったのは、ラジオから流れる「三つ違ひの兄さんと・・・」を耳にしたときからだったはずだ。

最初に書いたが『壷坂霊験記』は、ハッピーエンドで終わる物語である。だが、この一節は今も悲しく聞こえてくる。
『悲恋蒐集』では、対象の詞を意訳したり現代文に訳したりしている。
だが今回は、それをしなかった。

そのままうたうことで、お里の気持が汲めるのが理由だ。
エディット・ピアフや美空ひばりだって、その歌声だけで感動させられるじゃないか!

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