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だから在宅医療はやめられない

私の仕事は田舎の町医者です。元々は消化器内科医として大学病院や総合病院に勤務していた時期もありましたが、今は専門に限らず基本的には患者さんに相談されればどんなことでも対応しています。

平日の午後には患者さんのご自宅や老人施設へ出向く訪問診療もしています。そこで診ているのは認知症や慢性疾患の高齢者の患者さんがほとんどですが、時には神経難病や末期癌の患者さんを診ることもあり、だいたい年間5〜6名の方を在宅でお看取りしています。

訪問診療を行う開業医はあまり多くはありません。そもそも整形外科や耳鼻科、眼科などのドクターは専門外ですし、内科系開業医でも外来が多忙で余裕がなかったり、夜間や休日など24時間対応を求められることが負担になるためにやらないところが多いです。

当院は先々代の祖父の時代から往診や訪問診療を行っていたと言う経緯もあり今もやっているのですが、過疎の町なので外来診療で疲れ果てるほどには患者さんが多くなく、まだ助かっています。それでも夜間休日の電話は24時間対応なので、もう慣れたとは言え時には負担に感じることも正直あります。

最近訪問診療をメインに開業している先生のSNSのある投稿を目にしてドキッとしてしまいました。「酒飲めないし旅行行けないし24時間対応が嫌って言うやつは在宅医療に向いてないよ。夜中に電話鳴ったら血湧き肉踊る位じゃないと」

この先生はすごいなぁ。本当に尊敬します。私はお酒も好きで毎日じゃないけど時々飲んでるし、できれば年2回くらいは旅行も行きたいし、夜中に鳴るコールはいつもビクッとしちゃうのに。自分はあまり在宅医療に向いてないのかな?とも思います。

でも在宅でしか見えない景色があることも事実です。住み慣れた部屋でご家族に見守られて過ごす、そのことが患者さんにどれだけ安心感を与え、心身に良い影響を及ぼすかは実際に目にしないとわからないと思います。

ある癌の高齢患者さんを在宅で診ることになりました。抗がん剤治療のための入院中は食事もほとんど取れずにやせ細り、紹介状には予後は数週間でしょうと記載されていました。初回訪問時には患者さん宅に遠くから娘さんやお孫さんなどが集まっていて、最後のお別れをされているようです。ご本人も「息子の迷惑になるから早く楽にさせてほしい」とおっしゃっていました。

ところが1週間後に訪問した時にはご本人は食欲旺盛となり、集まっていた娘さんたちも拍子抜けで帰られたとのこと。ご本人によると病院の食事がとても不味くて食べられなかったようです。「もう少し生きられるなら生きてみたいな」となんだか前向きな言葉も出ています。

「もしがんが再発したらどうします?また入院して治療しますか?」「いや、絶対にもう入院は嫌だ」そう笑って話す患者さんを見ながら、これは予想以上に長いお付き合いになりそうだと思うのでした。

在宅医療に関わるのは我々医師だけではありません。訪問看護や訪問リハビリ、ヘルパーさんなど多くの職種の方々と一緒に在宅生活を支えています。その中でも訪問看護は中心的な役割を果たしていて、患者さんのちょっとしたトラブルにも訪問看護ステーションが24時間で対応してくれるのでいつも助けられています。

在宅医療を行う医療機関の連携も各地で進んでいます。当院は市内の数ヶ所の病院や診療所と連携しており、もしも自分が留守中に患者さんが急変して対応できない場合でも連携医療機関が往診してくれるような仕組みになっています。

高い管理料だけとって緊急対応もせずに丸投げするような在宅医はもちろん論外ですが、みんながみんなTVで紹介されるようなスーパー在宅医でなくてもいいのかな?と言うのが私の意見です。あまり敷居を高くしてしまうと在宅医療をやる医者がいなくなってしまうかもしれないので、訪問看護や病診連携を活用することでもっと気楽に一般の開業医も在宅医療を行ってもいいのじゃないかなと思います。

在宅もやる普通の町医者の私としては、一番大切なのは在宅医療の良さや大切さを皆さんに広く知って頂くことだと思っています。

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