東大の存在意義を揺るがした官邸主導

「官邸主導」は結果的に、日本の大学の頂点である東大の存在意義を大きく揺るがしてしまったように思う。
東大は明治維新以来、日本の支配システムの要であり続けた。特に戦後は法学部が官僚になる登竜門となった。田中角栄はうまく官僚を使いこなし、政策を作らせた。それが「型」となった。

東大法学部を出て官僚になれば日本を動かせる。そのやりがいが多くの若者を東大にひきつけた。
しかし官邸主導、政治主導の名のもとに改革が進むと、官僚の魅力が地に落ちた。特に安倍政権下で辣腕をふるった菅官房長官は、気に入らなければ官僚トップも次々左遷した。

その結果、安倍政権に都合のよい政策を口にする官僚しか出世できなくなった。しかもそうした政策は、政治家の思いつきでしかないものが少なくなかった。そうした思いつきにそれらしい化粧を施す官僚が抜擢され、出世した。そのままでは日本がダメになる、と直言した官僚は、次々スポイルされた。

このため、官僚はやる気を失った。政治家のアゴで使われるだけ。それまでは自分たちで研究し、政策を考え、政治家に提案し、採用されればそれが実際に法律になり、国が動くことになった。その充実感が、官僚になりたいという大きな動機となり、東大法学部が一番人気になる大きな理由ともなっていた。

しかし、官邸主導、政治主導になってからは、政治家の思いつきに化粧を施すだけ、それでは日本がダメになると諫言しても左遷させられるだけ、出世できるのは政治家に気に入られたものだけ。日本最難関の東大法学部を出たのはこんな屈辱を味わうためではない、と、官僚を辞める人間続出。

そんな先輩たちの惨状を見て、東大法学部の人間が官僚を目指さなくなった。外資系の企業に就職したほうがマシ、と考え、実際若手官僚も外資系に転職する者続出。優秀な人材ほど官僚に残らなくなった。

そんな体たらくの東大法学部の様子を見て、学生は東大法学部を目指さなくなった。今や東大法学部は一番人気ではない。情報系の学科が人気だという。日本をどうこうすることより、自分の未来を開拓する方を重視する行動を取り始めた。しかしこれは無理もない。

政治家が官僚をアゴで使い、日本のためを思って諫言してきても「逆らった」と左遷し、思いつきの政策ばかり進め、それを大成功であるかのように化粧しろ、と、どう考えてもやりがいのない仕事に官僚を変えてしまったのだから。政治家の責任は重い。

その点、田中角栄は裏表もあるから全面的に肯定はできないが、官僚をうまく使いこなした。角栄自身は学歴が全くなかったが、優れた政策を見抜く才能に長けていた。官僚たちに政策を考えさせ、足りないところは練り上げさせつつも、優れた官僚の練り上げた政策を作らせるのが上手だった。

あくまでどの政策を採用するかは政治家の権限。しかし、角栄は官僚の政策を採用することで官僚のやりがいを高め、能力を限界まで引き出すことに長けていた。しかし残念ながら、安倍政権での官僚は「東大出ても政治家のオモチャにされる」状態となってしまった。

日本で最も難関の大学を出ても、日本の行く末に関わることができない。それどころか、権謀術数に長けた政治家が白紙委任状を受け取ったかのように身勝手に振る舞う。そしてそれを誰も止めだてできない。民主主義の仕組みを利用しながら国民を愚かに導くシステムに変貌してしまった。

安倍政権のまずかったのは、マスコミを牛耳ったことだ。政権に逆らうマスコミは集中砲火を浴び、経営を危うくしかねなかった。テレビも新聞も、安倍政権に逆らうことを次第に恐れるようになった。スキャンダルをつかんでも、したたかに生き残り、選挙で勝ってしまう。

マスコミの一部を完全に味方につけることで、政権に批判的なマスコミのほうがおかしいという雰囲気を作るのが上手かった。その結果、安倍政権に諫言できる仕組みが失われてしまった。官僚もマスコミも、諫言しても排除されるだけに終わってしまったからだ。

こうした剛腕型の政治が続くとまずいのは、後継者が育たないこと。後継者はうっかりすると前の政権を否定しかねない。だから剛腕な人間はイエスマンしか採用しない傾向が強い。しかしイエスマンは、大事なことを平気で無視することができないとそんな人間になれない。

このため、イエスマンは大切なことを平気で無視してしまうので、後継者としてはうまく機能しないことが多い。だから、カリスマ的なリーダーのあとは混乱することが非常に多い。どんぐりの背比べなイエスマンばかり幹部にそろえるから機能しない。

こうした惨状があっても、かつてなら東大法学部出の官僚が政策の継続性を保ち、次の政権につなぐことができた。しかし優秀な官僚は多くが辞めてしまった。日本の舵取りをきちんとできる人材が政治からも官僚からも減ってしまった状態。しかも増える見込みが立たない。

東京大学は日本で最も資金を投じられて優れた人材として育成する大学なのに、外資系の企業に人材を送り出す予備校になってしまっている感を強めている。日本が育てた人材で海外を豊かにし、日本は迷走する。官邸主導、政治主導は、優れた人材を活かせない仕組みにしてしまった。

今さら官僚が中心の仕組みに戻すわけにもいかないだろう。ただ、日本で育てた人材が日本の将来のために活かせない現在の仕組みは大変まずい。日本のために楽しく気持ちよく働いてもらえる新たな仕組みの構築が必要だろう。

できるだけ早くにこうした改革を進めないと、結果的に東大は「日本のためにならない人材を育てる組織」に堕しかねない。政治家も、そして東大出身者も、この点を本気で考えて頂きたい。日本をこれ以上凋落させてはならない。

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