食料安全保障と「電池」

食料安全保障を考えるうえで、「電池」がカギを握っているように思う。性能の良いものができるかどうかで、食料安全保障は大きく左右されることになる、と思われる。というのも、大概の農業機械が石油で動く動力だからだ。しかし現状では、電池で動く電動式にするのは、容易ではない。

現在、世界各国で電気自動車へのシフトが進められている。電気自動車はガソリン車の7分の1のエネルギー消費で済むと言われている。自動車をガソリン車から電気自動車に置き換えるだけで、相当のエネルギー節約になる。だから、電気自動車へのシフトを各国が急いでいるらしい。

電気自動車は、大きくない乗用車なら実現可能なようだ。しかしトラックとか、農業用のトラクターとなると、電池で動かすとあまりにパワー不足。このため、大容量の電池を開発することが、どこのメーカーも躍起になっている。しかし、どうも難しいらしい。

体積当たりどのくらいのエネルギーを抱えられるか、を示した数字を、エネルギー密度というけれど、ガソリンは7970kcal/Lになる。これに対し、大容量の電池で知られるリチウム電池でも、447kcal/L。ガソリンの5.6%しか貯められない。このため、電池はかさばるし、重くなる。

この点、ガソリンや軽油など、石油系エネルギーは非常に優秀。軽量でかさばらず、大量のエネルギーを貯められるから、飛行機だって飛ばせる。しかし電気で大型トラックや大型トラクターを動かすと、すぐに電池が切れて止まってしまうだろうし、飛行機は飛ばすこと自体難しい。

ソーラーインパルス2号という、太陽電池で発電し、充電池で動く飛行機が世界一周に成功した。だから、電気で飛行機を飛ばせないわけではない。ただし、このとき乗っていた人数は1人。ジャンボジェットのように、大人数を運ぶ力は、まだ電池にはないようだ。

固体電池というのが実用化に近づいていて、リチウム電池を超える大容量電池として期待を集めているが、それでもリチウム電池の2~3倍程度らしい。とてもガソリンや軽油など、石油系エネルギーほどのエネルギー密度を実現することは難しい。重量のある乗り物を動かすのは、難しい。

では、将来的に、石油を超えるようなエネルギー密度の電池を作ることは可能なのだろうか?おそらくそれは、難しい。原理的に、電池は「イオン結合」という弱い結合でエネルギーを貯めるのに対し、石油は「共有結合」という強力な結合でエネルギーを貯めているからだ。

もし、「共有結合」でエネルギーを貯め、そのエネルギーを電気に変える方法があれば、石油に負けないエネルギー密度の電池を作れるかもしれない。しかし現状、「共有結合」を原理とする電池は実用化されていないようだし、メドも立っていないようだ。

「共有結合」から電気を取り出すことが可能な方法は一応、ある。燃料電池。水素と酸素が「共有結合」して水になるとき、そのエネルギーで電気を取り出すもの。これなら共有結合のエネルギーを利用するので、強い電気を生み出すことが可能。問題は、水素を貯められるかどうか。

水素をコンパクトに貯蔵することは難しい。水素ガスを液化するにはマイナス253℃に冷やすか、1.3MPaという超高圧をかける必要がある。非常に頑丈な貯蔵タンクになってしまい、重くなる。これでは、せっかくの「共有結合」のエネルギーも、相殺されてしまう。

水素ガスが金属にしみこむ性質を利用して、水素吸蔵合金で水素を貯める研究も進められている。しかし合金を作るのに特殊で高価な金属を使わねばならず、まだまだエネルギー密度を高いとはいえないらしい。水素を「共有結合」由来の電気を生み出す原料にしたくても、困難がいろいろある。

以上のような理由から、乗用車用の電池なら開発可能なようだが、トラックのような重量のある輸送車、大型トラクターのようなパワーのいる動力、ジャンボジェットのように大量の人や荷物を運ぶ飛行機は、電池で動かすのがまだメド立たない状況。

こうして考えると、つくづく、石油というのは自動車・船・飛行機といった動力を動かす上で、非常に優秀なエネルギーだったと言える。コンパクトで軽く、それでいて大量のエネルギーを蓄える。これに変わるエネルギーを、まだ人類は大量に製造する技術を持っていない。

バイオエタノールなら、石油に相当するエネルギーを蓄えることができる。しかしこれもなかなか難しい。バイオエタノールで黒字といえるのはサトウキビを原料にしたときくらいで、トウモロコシだと、製造時に必要なエネルギーの方が多くなってしまう。

ブラジルの、サトウキビ由来のバイオエタノールなら、製造に必要なエネルギーの7.41倍のエネルギーとして得られるから、エネルギー的に黒字。しかし、日本に輸出するとなると、採算が合わなくなる。生ごみ由来のバイオエタノールも、エネルギー的に赤字。

バイオ燃料は、ブラジルでサトウキビから作ったバイオエタノール以外は、エネルギー的に赤字で、作れば作るほどエネルギーを消耗する。こう考えると、エネルギー的に黒字にするには、太陽電池など自然エネルギーで電気を作ってそれを電池で貯めるのが、動力エネルギーとしてはよいようだ。

しかし電池がためられるエネルギーが知れている。大型の農業機械を電化するのは、まだまだ難しい。エネルギーシフトを起こすにしろ、食糧生産を落とさないようにするためには、安易に石油をやめられない。その現実は直視しておいた方がよいように思う。

たとえ大量の電気を作れるようになり、石油を一切使わなくても済む程度の量のエネルギーが手に入ったとしても、それを電池として蓄えられる技術がないと、大型トラクターを動かすことは難しい。それはそのまま、食糧生産に直結しかねない問題。電池は食料安全保障にも深く関わることになるだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
8月に、食料安全保障に関する新刊が出ます。よろしければご購読ください。
https://www.amazon.co.jp/%E3%81%9D%E3%81%AE%E3%81%A8%E3%81%8D%E3%80%81%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AF%E4%BD%95%E4%BA%BA%E9%A4%8A%E3%81%88%E3%82%8B-%E9%A3%9F%E6%96%99%E5%AE%89%E5%85%A8%E4%BF%9D%E9%9A%9C%E3%81%8B%E3%82%89%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%81%AE%E3%81%97%E3%81%8F%E3%81%BF-%E7%AF%A0%E5%8E%9F-%E4%BF%A1/dp/4259547763

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?