居場所を作り、「訊く」「面白がる」

最初に書かせていただいた本「自分の頭で考えて動く部下の育て方」の取材がここのところ続いている。部下が自分で考えて勝手に動いてくれるようにするにはどうしたらよいのか?という質問。記者の方は中小企業経営者とも親しく接しておられるらしく、現場の切実感も伝わってくる。
問いを受けて感じるのは、「上司がどうふるまえばよいのか?」という問いが多いこと。極端なことを言えば、上司である自分がどう振る舞うかなんて、忘れちゃったほうがいいと思う。自分がどう振る舞うか、ばかり考えているから、部下が見えなくなってしまう。要は部下が働いてくれればよいはず。
部下が働くようになるためには、部下がどういう気持ちでいるのか、どういう気持ちになれば動きたくなるのか、働きたくなるのか、そちらをよく観察し、考えた方がよい。自分のことは後回し。部下がいま、どういう状態でいるかをまず把握できていることが大切。
で、部下が自分で動けないのはなぜかというと。大概、情報不足。部下は初めて来た職場でどんな風に仕事が進んでいるのか、まったく様子がつかめない。それで自分で考えて動け、なんて、そもそも無理。外国にいきなり放り出されたようなもの。なら、とりあえず話ができる上司の指示にすがりたくなる。
まずは、「この職場で自分も役に立っている」という安心感が必要。そのためには、ルーチンワークを覚えてもらった方がよい。毎日欠かさずやらなきゃいけないような仕事。これを覚えてもらえれば、とりあえず部下はその場に必要な人間にすぐなる。それが自信にも安心にもなる。
で、ルーチンワークの教え方だけど。教えなさすぎ、教え過ぎ、というのがどうも多い様子。「とりあえずやってみろ」では、皆目見当がつかなくて固まってしまう。かといって、「ああやってこうやってその次はこうして…」と立て続けに情報盛りだくさんだと覚えきれなくて頭真っ白。
ルーチンワークを教えるときは、「目の前で一度実演すればマネができる程度に分割した工程」ごとに教える。目の前で実演したら、すぐにマネしてもらう。そしたら次の工程を実演。すぐマネしてもらう。それを繰り返して、一連の作業を一度、ぜんぶ自分の手を動かしてやってもらう。
一連の作業で問題ないと感じたら、「じゃあ、今の作業をここにある分、くりかえしてやっといて」と言って、10~20回分任せて、その場を離れる。上司に見られていると「目」が気になって、手元の作業に集中できないから、上司はその場にいない方がよい。
部下は上司のいない場なら、さっきやった作業を思い出しながら、自分のペースで作業を進められる。最初はたどたどしくても、上司の目がなければ、冷静に思い出せる。なぜこんな作業をするのだろう?という背景にも思い当たる余裕があるから、仕事の内容にも理解を深められる。繰り返すと、体で覚える。
作業が終わったら、部下に呼んでもらう。仕上がりをチェックし、問題がなければ、その作業はもう部下に任せて構わなくなる。もし問題があれば「ごめん、ここ、ちゃんと伝えられていなかった」と謝り、もう一度そこだけ教えて、一度目の前でやってもらい、あと数回は上司のいない場で繰り返してもらう。
こうした教え方をすれば、ルーチンワークはその日一度教えただけでもうその作業はほぼ間違いなくできるようになる。そうして、ルーチンワークをいくつかマスターしてもらえば、職場ですぐに使える人材になる。役立つ人間になる。それが自信にもなり、仕事が楽しくなる。
こうしていくつかルーチンワークを覚えてもらい、職場に「居場所感」を持ってもらえるようになってから、「自分の頭で考える」ステップに入る。そう考えた方がよいと思う。「自分で考える」ことは答えがないこと。あってもやふやなことが多い。居場所感を得てから初めて、答えのないステップに。
「自分の頭で考える」ようになるのは、比較的容易。
・「訊く」こと。
・「面白がる」こと。
・相手の話にさらにこちらから情報をのせたうえで、さらに「訊く」こと。
これを繰り返せば、自然に部下は自分の頭で考え、行動するようになる。
たとえばルーチンワークの中でも、なぜこんな作業をするのかすぐには見当がつかないものがある。その理由を、上司はすぐ得意げに教えたくなるかもしれない。そこをグッとこらえて、「なんでだと思う?」と訊いてみるとよい。部下は長らくの学校生活で培った答え方をするだろう。「わかりません」。
そこで否定をするのではなく、やりとりを面白がるようにする。「そりゃ、いきなり聞かれても見当つかないよね。ここ、どうなってる?見たままを答えてもらっていいのだけど」と指さしたりする。具体的なら答えやすい。「こうなっていますね」と答えてくれたら、「そう、その通り」と前向きな反応。
「この液体は、どこからどこへ流れているかな?」と、具体的で答えやすい質問をする。部下は現場を観察して、答えてくれるだろう。上司としては、観察する様子を面白がり、今まで見えてなかったものをきちんと観察し、見抜いたことを楽しめばよいと思う。
「今まで答えてもらった諸々のことを踏まえたうえで、最初の問いに戻るけれど、なんでこれをするのだと思う?」そこまでのやりとりで、ほとんど答えが出ていても、あくまで本人に応えてもらう。「こういうことでしょうか?」「そう!その通り!」本人の口から言ってもらえたことを面白がり、喜ぶ。
「教える」と、部下は上司の言葉を聞き漏らすまいということに必死で、あるいは上司に「話を聞いている」と思ってもらえるようにふるまうことに必死で、目の前の機械だとか作業だとかに意識を振り向ける余裕を失う。だから「教える」と何も伝わらない。けれど「訊く」だと。
現場を自分で観察し、答えるまで上司は待ってくれている。だから、観察する余裕が生まれる。上司がどこに注目すべきか指さしてくれれば、ヒントがあるから観察すべきポイントも絞りやすい。そして気づいたことを上司に自分の口から伝えたことは、忘れない。自分の考えたことだから。
「教える」よりも、「訊く」の方がはるかに観察眼も鋭くなり、理解も深まり、なぜそうなるかを推理する思考も働く。上司が待ってくれるから。そして何より、どんな答えであっても面白がってくれるから。
面白がってくれない場合、部下は萎縮する。「なんでこんなことも分からないの?」と言われたら、部下の心はたちまち縮み上がり、もう目の前の作業や機械のことなんか目に見えず、上司にいかに叱られないようにすればよいか、という戦略の方に頭脳のエネルギーが奪われる。仕事どころじゃなくなる。
部下の言葉を否定せず、面白がるのは、目の前の作業や機械を観察することに集中してもらいたいから。観察や思考することに集中しさえすれば上司は面白がる、と気づけば、部下は観察すること、思考することに喜んで集中するようになる。それがさらに上司を喜ばせることになることに気がつくから。
部下が観察すること、思考すること、自分なりに仮説を立てて「こうしてみてはどうでしょう?」と発言することを楽しめるようにすること。それには、上司の「面白がる」がとても大切。
でも、部下は初めてのことばかりで、観察しようにも何から着目したらよいのかも見当がつかない。だから、上司はその様子を見て、「こんな話があるんだけど」と考える材料を与えつつ、「それを踏まえると、どうしたらよいと思う?」と訊く。すると、ヒントを手掛かりにして考えやすくなる。観察も容易。
・「訊く」こと。
・「面白がる」こと。
・相手の話にさらにこちらから情報をのせたうえで、さらに「訊く」こと。
これらを繰り返すと、部下は自然に観察すること、思考することが癖になり、自ら仮説を立て、どうしたらよいかを考えることができるようになる。
これは子育てでも同じだと思う。むやみに教えるのではなく、子どもに観察すること、思考することを楽しんでもらった方がよい。その方が学びは深く、教える以上に理解が深く、しかも広い。大人も子供も、「訊く」は学びを深めるとても良い方法のように思う。

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