単純作業は創意工夫の小宇宙
ストッキングの袋詰めを内職に出すことに。まずは一箱どのくらい手間がかかるか調べなくては。両親二人で三時間。ということは、一人だと一箱六時間かかる。それを参考に、一箱あたりの内職代を決めた。案の定、慣れてきた人でも四時間を切ることはできなかった。ところが。
一人だけ、1時間程で一箱仕上げてくる人がいた。そのことを他の内職の人に言うと、皆、信じられない、友達に手伝ってもらっているに違いない、という。
ところがとうとうその人は1時間を切って持ってくるように。本人に聞くと、一人でやってるという。一度、目の前でやってみてほしいと頼んだ。
「うちのテーブルと少しすべりが違うけど」と言いながら、袋の束ををトントンとテーブルの上で叩くと、前に放り投げた。マジシャンのトランプのように、均等に袋がズレて並んだ。まずこれにビックリ。すると今度はストッキングを雑然と山にした。「きちんと並べなくていいんですか?」と聞くと。
「ああ、これでいいんです」と言って、無造作にストッキングの山に右手を突っ込むと、指の股に四つのストッキングが。それをサササッと袋に入れていく。あっという間に袋詰め終了。
次にシールで袋を封するのだけど、それも工夫が。
シールのシートを折ると、四枚のシールが半分はがれて頭を出した状態に。それを右手の指に一度に取って、袋にぺぺぺと貼っていく。ものすごいスピードで唖然とした。
それまで両親も、多くの内職の人達も、そんな方法はとっていなかった。ストッキングはきれいに並べて、シールは一枚ずつはがして。
その人に尋ねると、元大島紬の職人で、表彰されたこともあるという。単純作業は工夫次第でいくらでも技術を磨けることを知っており、それをストッキングの袋詰めでもいろいろ試行錯誤してやってみただけだ、という。私の両親はたまげてしまった。
その人の工夫のうち、不器用な人でもマネのできそうな方法を他の内職の方達に伝えると、一箱1時間程度で皆さん仕上げるように。まあ、元職人の方は、その頃には三十分くらいで仕上げるようになったのだけど。
父がプラスチック工場にアルバイトに行った時のこと。ベルトコンベアで運ばれる部品をニッパーでパチンパチンと切り出していく単純作業。しかし部品が運ばれるスピードが速すぎて、しばしばコンベアを止めないといけなかった。ところがその隣で。
二つのレーンを、鼻歌歌いながらこなしてるおじいちゃんが。「いいな、楽して。俺みたいな初心者に大変な部品任せて、いい気なものだ」と思った父は、「場所を交代してくれ」とおじいちゃんに要求。おじいちゃんはニンマリ笑い、「いいよ」。
すると、二倍どころではない作業の速度。たちまちどうにもならなくなった。おじいちゃんに「いったいどうやってこなしてたんですか?」と尋ねると、「あんたは聞いてきたから教えるけどな」と言って、解説してくれた。「あんた、右利きやろ。で、部品を左手で取り上げてるやろ」
「でもそれやと、ニッパーを持つ手で部品をひっくり返し、また左手に持ち替えてから切ることになる。工数が多すぎる。
そこで、ニッパーを持つ右手の小指で部品を拾い上げてみ。そしたら左手ですぐ部品の向きを変えられる。工数を一つ減らせる。」
「あんた、隣のレーンに移動するのに右足から動いてるやろ。それを、不自然かもしれんけど左足を後ろに引いてからにしてみ。三歩が二歩に減る。こうした工夫を重ねると、二つのレーンでもこなせる」
言われた通りにしてみると、二つのレーンでもなんとかこなせるように。
単純作業は工夫の余地がない、つまらない作業だと思われがち。しかし単純作業でも、工夫の余地がかなり残されてる小宇宙。ああやってみたら、こうしてみたら、という試行錯誤を繰り返すことで、大幅に業務改善をはかることができる。
単純作業をバカにする人は、こうした工夫がストップしてしまう。こんな簡単な仕事なんか、と言って自分で自分を腐らせてしまう。けれど、実際には単純作業はかなり奥深い。工夫の余地がかなりあり、試行錯誤することで大幅に効率が変わる小宇宙。私は小宇宙の中で工夫を重ねるのが大好き。
「サラリーマン金太郎」というマンガで、サラリーマンとなった主人公が最初に任された仕事はエンピツ削り。普通なら、そんな単純な作業、とバカにし、腐ってしまうところかもしれない。しかし主人公は、芯が砕けにくく、書きやすい角度を試行錯誤で探していく。エンピツ削りを工夫で楽しんでる。
山本周五郎「日本婦道記」に、矢を作る内職の女性が。棒に羽を挟むだけの単純作業。けれどもその女性は棒の材質を調べ、曲がったもの、曲がりやすいものをはじき、羽の角度などの工夫を怠らず、試行錯誤を重ねた。すると、やたらよく飛ぶ矢があることに殿様が気づく、という話。
単純作業を楽しむ方法、それは工夫だと思う。単純作業は工夫の余地がない、と勘違いされがち。だって単純作業なのだから、と。ところがどっこい、単純作業ほど工夫の余地があり、それにより手際が全然違ってくるものもない。創意工夫が単純作業には必要。実はかなりイノベーティブな仕事。
単純作業をお願いする上司が単純作業をバカにする思想を持っていると、部下は工夫しない。しかしもし、創意工夫がいかに単純作業を一変させるかを知ってる人だと、任された人はどんどん工夫を凝らし、作業効率を大幅に改善する。上司次第で仕事の質が大きく変わる。
どんな仕事にも創意工夫する楽しみがある。それを楽しめる職場になっているかどうかで、様子はずいぶん異なる。単純作業は創意工夫の小宇宙。それを知っていると、仕事ってかなり楽しいものだと思う。