さらさらと冷たいもの
蝉は姿が見えないくせに、いったいどこで鳴いているのだろう。
ガラスのコップにリンゴ酢の炭酸割りを注ぐ。
あるいは炭酸に梅酒をひと垂らし。
氷のカランと鳴る音が涼しくて好き。
アイスキャンディー、冷やし中華、素麺、冷奴、夏野菜、青じそ、茗荷、漬物……。
そういう冷たいものを、ベランダから入ってくる微かな風を感じながら食べている。
悲しいことに、冷房の効いた部屋で冷たいものを食べるとおなかを冷やす。暑がりのくせに。
だから、暑いなぁとぼそりとこぼしながら、冷たいものを口にする。
note初投稿は、冷やし茶漬けの話。
朝ごはんのもろきゅうをつまみながら、書いています。
滅多にないことなのだが、(二日酔いでもないのに)その日は食欲がなく、何か食べなきゃと思っても胸焼けがひどくて食べられない。
ふと、「しーちゃんのごちそう」という漫画の1シーンを思い出し、冷やし茶漬けなら食べられるんじゃないか、と思う。
しーちゃんのお母ちゃんが、つわりがつらかったとき、しーちゃんのお父ちゃんが「これなら食えるかと思って」と作ってくれた夫婦の思い出の料理。
縁側で「あの時のお父ちゃん、いい男だったねぇ」と笑うお母ちゃんが食べていたのは、しーちゃんの朝ごはんの残りの鮭、こんぶの佃煮、醤油を垂らしてから麦茶をかけた冷やし茶漬け。
それから、みょうがと青じそとしょうがの古漬け、海苔と梅干しが載っていく。おいしそう。
さっそく冷やごはんに、冷やした麦茶そそぐ。
ラップでくるまれていたごはんが、一粒一粒ほどけていくのを見ていると、不思議と少しすっきりとした気分になった。
冷蔵庫には梅干ししかなかったけれど、これで十分。
ちょんと一粒載せて、箸で崩す。
お茶漬けを「さらさら」と最初に表現した人は誰だったのだろう。
茶碗を手に持ち、箸でさらさらと食べる。
麦茶の香ばしい香りと、梅干しの程よい酸っぱさが至極。ほどけたごはんの食感もちょうどいい。
おいしい。
ひたすらに、うまい。
夜中に喉が渇いて起きたときに飲む水が、甘露のようだと感じたときと同じくらいのおいしさ。
どうやら相当、体が参っていたらしい。
すっかり生き返った気分で、このあと食欲が復活したのは言うまでもない。
さて、もろきゅうの最後の1つを食べ終わって、体の中から涼しくなった。
不快だった暑さは消え、心地よさにひたる。
きゅうりを食べるたび、(別にきゅうりを食べるときだけ思い出すわけじゃないが)20年来の友人のことと、恋人のことを思い出す。
2人は、きゅうりが食べられない。
きゅうりの残り香さえ受け付けられない彼らが、私がこうしてきゅうりという単語を繰り返すのを、眉をひそめて見ている姿が目に浮かぶ。
決して嫌がらせではない。食べられない彼らの分、私がきゅうりを消費するのだ。
持ちつ持たれつ。
だからどなたか、私が食べられない分のイチジクの白い部分を消費してください。
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