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新生・小牧城

 織田信長は那古野出身と言われていますが、当時の戦国「武将」の血筋なんぞいい加減でしょうから、先祖は誰やらわかりません。
 比較的はっきりしているのは、信長のお母さんは土田御前という方で、可児市出身であるため、おそらくは岐阜の方が信長のホームタウンであったのではと思います。信長が小牧城にいたのは永禄10年から約4年ほど。その後すぐに岐阜城へ移っています。
 しかし、発掘調査の結果、麓には曲輪が整備され、武家屋敷が立ち並んでいた様子がわかってきました。山頂の城は籠城用ではなく、人に見せる用、あるいは見張的な役割だったのでしょうか。いずれにせよあまり戦闘用ではなかったのかもしれません。岐阜城に移る時には、家臣団も整然と退去したようで、再利用するための木材その他、持っていけるものは全て持っていっています。
 その後、この場所は放置されていましたが、天正12年の小牧・長久手の戦いで、急遽陣城として再整備されます。現在も残る堀や二重の土塁はこのときのもののようです。この戦いは、秀吉vs織田信雄&徳川家康で、結局のところ秀吉の天下統一を進めた…と言われていますが、いまいちよくわかりません。

市役所側からだと大手門から入れる。
ただし車は道を挟んだドン・キホーテの駐車場に停めるしかないが…
右手は公園になっており曲輪の跡。曲輪を抜けて裏から登山するとかなりキツイ。
道が整備されてる!
4月から毎月決まった日に、頂上行きマイクロバスの運行が開始。
ただし、一日数本だけ、先着8人のみ、予約不可(笑)
階段も整備されて歩きやすい!
途中、お城への矢印の手前(笑)で右手に曲がるのが近道
5分後についた…マジ…?
ずっと整備していた石垣がお目見え。
再現するの大変だっただろうな…
初めて石垣を使って城を作ったのが信長
一応屋根にシャチが乗ってます。金鯱じゃないけど。
中は、3層で小牧城の歴史の説明パネル。撮影禁止(泣)
御嶽山見えた!
名古屋高速からちらっと小牧城見えます。
小牧・長久手の戦いの再現…?
昔行った「関ヶ原の合戦跡」と同じ匂いを感じる展示の仕方(笑)いや、好きだけど、こういうの。
もう少し中に入って見たい…
人はまばらでした…

 地道な発掘調査で当時の小牧城の姿がだいぶわかってきています。同時に現在の市民の憩いの場であり、春や夏にはお祭りが開かれ、夏には薪能が開催されることも。山全体も広範囲に木々に覆われ、季節の花も美しいところです。
 こういう場所を守っていって欲しいと共に、もう少し色々な人にきてもらいたいな、という気持ちもしますね。