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「咸陽宮」:ワキの能

 7月28日に、行って参りましたのは、珍しくワキ方の高安流の方が主催の会でした。
 能というのは、やはりシテが主役です。そのため、会が催される場合にはシテ方が主催になることが多いのですが、ワキ方が主催の会が全くないとは言えません。今回はそんな特別な会でした。
 能の演目は、『咸陽宮』。この曲は上演数が少なく、稀曲といっていいでしょう(宝生流では年1回上演があるそうです)。なぜ、この曲が選ばれたのか。それは、この曲はワキ方が主役である珍しい能だからなのです。

 秦の始皇帝の暗殺に向かった荊軻と秦舞陽。なんとかして宮殿に入り込み、始皇帝を取り押さえます。そして、刺し殺そうとしたところ、始皇帝は、自らの寵姫、花陽夫人の琴の音を聴いてから死にたいと懇願します。二人はそれを許すのですが、素晴らしい琴の音を聞いているうちに、油断をし始皇帝を取り逃がしてしまいます。慌てて荊軻は短剣を投げつけますが、剣は柱に当たります。そのうちに、剣を取り直した始皇帝は、二人を八つ裂きにしてしまうのでした。

パンフレットより要約

 この曲は、大所帯の能です。荊軻と秦舞陽がワキ方、居並ぶ大臣たちもワキ方。始皇帝と、花陽夫人はシテで、二人の侍女(シテツレ)を伴っています。しかし、セリフ、動きのほとんどが荊軻と秦舞陽。シテはほとんどセリフがないか、ずっと坐っているだけ…確かにワキが主役といっていいでしょう。演劇のようなストーリー性があり、わかりやすく、動きがダイナミックなので面白かったです。
 しかし、昔、夢中になって『史記』を読んだものとしては、アレ?と思うのです…

 咸陽宮とは、秦の都、咸陽の王の住まう宮殿です。始皇帝が自分の宮殿として建てた阿房宮はこれとは異なります。
 このストーリー、微妙に『史記』と違っているのですよね。まず、花陽夫人は、始皇帝の妻ではありません。養(祖)母にあたる人です。さらに、荊軻の暗殺は、始皇帝が秦王政の時のこと。『列伝』によれば、荊軻から自力で逃れてます(薬師の助力はありましたが)。
 なぜ…?と思ったら、これ、『平家物語』の巻五にまんまある話なんでした。だいぶ脚色してるんですね…
 『平家物語』では、平家(清盛)が「古来朝敵になろうとしたものは悉く失敗に終わっている」として持ち出した例の一つです。しかし、秦は始皇帝の息子の代で滅ぼされています。これは、いわば『平家物語』作者のパンチの効いた皮肉なのです。

七尺の弊風はたかくとも、踊らばなどかこえざらん。
一条の羅穀はつよくとも、ひかばなどかはたえざらん。

『平家物語』

 花陽夫人が琴の音に紛れて始皇帝に歌いかけます。それを聞き、始皇帝は、袖を切って、七尺の弊風を飛び越えて、あかがねの柱の蔭に隠れたのでした。
能では、始皇帝は花陽夫人の内助の功により助かって、メデタシメデタシ、となっています。

されば今の頼朝も、さこそはあらんずらめと、色代する人々もありけるとかや。

『平家物語』

『平家物語』では、このように結びます。平家の滅亡を知るわたし達には、強烈な皮肉に感じます。しかし、『平家物語』も、『咸陽宮』も、好きなようにアレンジしてあって面白いですよね。 
 
 以前、中国を旅行した時に、万里の長城、兵馬俑を見て来ました。歴史の教科書で何度も写真は観ていましたが、実際に見るとその壮大さに言葉を失います。中国にはこんなものが、紀元前2世紀に存在したというのが衝撃的でした。始皇帝という人はとんでもない人であったと思います。その宮殿がショボい項羽によって焼かれてしまうとは…
 『平家物語』があえて、秦の始皇帝を持ち出してきたのもすごいなあ、と改めて思います。

 能自体はあまり考えるとことなく、エンタメとして見るのが正解のような気がします。