芸人魂

 羽生結弦選手で思い出すのは、2020年暮れの全日本。SP首位で迎えたフリー、完璧だった新プログラム「天と地と」。文字通りストイックな戦国武将が乗り移ったかのような勇壮さあふれる表現。ジャンプもすべて成功。パンデミックにより世界中が沈んでいた時期。あの時はやっぱり私も気持ちが弱っていて、先が見えなくて、息をひそめるように過ごすしかない日々だったから、氷上をたったひとりで走り、これでもかと見ている側を鼓舞するようにジャンプを決める姿に、ただひたすら胸打たれながら、奮い立つような気持ちになったのを覚えている。いま、これができる人、こういう場面で出番が回ってくる人、そして期待のはるか上でこうやって人々の心に檄を飛ばす表現のできる人、一流の凄さに鳥肌が立った。

 ソチ、平昌の金メダルももちろん素晴らしかった。でも、もうひとつ忘れられない姿がある。2014年11月の中国杯。その年の2月ソチで金メダルを取り、初めてオリンピックチャンピオンとして迎えたシーズン。フリーの前の6分間練習で別の選手とまさかの衝突事故。流血する負傷を負いながら棄権せずに滑り切り、銀メダルとなった時のこと。結果オーライ大事に至らずとは言え、羽交い締めを振りほどくように出場したことは賛否両論を呼んだ。

 その頃書いたものより。

 「見かけによらずパンチのある人なんだな、だからこそチャンピオンなんだなとあらためて納得しつつ、あれはアスリートと言うより芸人魂のなせる技、と感傷的スポーツウォッチャーは勝手に解釈している。金メダルの誇り。ほとんどが自分目当ての大観衆。昨日も明日もない。あんな場面は一生にいちどだ。あそこでやらなきゃ嘘だ。カッコつけ過ぎと妬(ねた)まれようと、あざといと謗(そし)られようと、無様に転ぶ姿ですら武器にしてこそ、一流」

 この時以来、私にとって羽生結弦選手と言えば「芸人魂」ということになった。これは最上級の褒め言葉です、念のため。のちに「天と地と」で日本中、いや世界中の胸を震わせたのも、崇高なまでの「芸人魂」ーー誰かを幸せにしたいという気持ちーーの賜物だったと思っている。

 そして「羽生結弦」は、後にも先にもないひとつのジャンルになった。志村けんやジョン・レノンがそうであるように、取り替えの効かない、唯一無二。

 もう「選手」じゃないから、羽生くん。ひとまずおつかれさまでした。アマチュア卒業、おめでとう。「芸人魂」を持ったプロのアスリートとして、これからもたくさんの人に幸せと、希望を。活躍を楽しみにしています。

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