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血と硝煙 麻薬探知犬ハンドラーの怪異

※お世話になっている『怪異伝播放送局』さんのために書き下した実話怪談です。評判が良ければ、加筆して『異職怪談2』に載せたいと考えております。(異職怪談2が出るかどうかは、まだ未定です笑)

怪異伝播放送局さんに朗読して頂きました。私も一か所、出演しています。演技って難しいですね。収録の際、何度もリテイク入りました(原田局長厳しいよ!泣)

怪異伝播放送局さんのyoutubeにもコメント頂けると嬉しいです。



血と硝煙 本文はこちら 

 これから記す話は、ご本人たっての希望により場所の名称、年代等を伏せさせて頂く。
 鎌田さんは数年前まで国内のとあるハブ空港にて、麻薬(まやく)探知(たんち)犬(けん)のハンドラーとして職務についていた。
 犬のハンドラーとは調教師であり、その犬の遂行任務を支援する人を差す。麻薬探知犬だけではなく、ドッグショーやドッグセラピーなど、特殊な訓練を犬に受けさせ、支援する立場にある人もハンドラーと呼ばれている。
 麻薬探知犬のハンドラーになる場合は、まず国家公務員試験に合格し、各地の空港や港、国際郵便局などの税関職員として採用されなければならない。
 だが、税関職員になりハンドラーになりたいと希望を出しても、厳しい審査があり、自分の願い通りに配属されるとは限らないそうだ。
 厳正な審査に通った鎌田さんは、まず最初に麻薬探知犬の訓練センターに配属され、自分の相棒となる犬『オスカー号』と、四か月もの間(あいだ)トレーニングに励んだ。

「大麻、ヘロイン、覚せい剤の匂いを嗅ぎ分ける特殊な訓練だけでなく、犬たちの身の回りの世話もします。訓練が修了すると試験があるのですが、オスカーは難なくクリアしました。元々、素質があったんでしょうね」

 オスカー号と共に空港で働きだし、四年の歳月が過ぎた頃。
「当時はバゲージクレームを担当していました。ほら、目的地に着くと荷物がベルトコンベアーで運ばれてくるでしょ。そこがバゲージクレームです」
 いつも通りに見回っていたところ、オスカーがある赤いスーツケースの横にピタッと止まり動かなくなった。
 鎌田さんいわく、麻薬探知犬が薬物の匂いを嗅ぎつけると、その荷物の横に座り動かないよう、しつけられているらしい。
 その赤いスーツケーツの持ち主は、四十代の中年男性であった。
 鎌田さんが声をかけてみると、男性は振り向いた。虚ろな表情をしていた彼の目は赤く充血しており、“北アメリカに一人で観光に行っていた”という説明も、呂律が回っていない状態で非常に怪しかったという。
 この時点で薬物接種を疑った鎌田さんは、男性をバックヤードに連れていきスーツケースから手荷物、ボディチェックまで入念に行ったが、薬物やまたそれらを隠すような物も一切出てこなかったそうだ。


「ほら見ろ! 俺は薬物なんかやってねぇって。ただ、飲み過ぎただけだ!」
 九十パーセント以上の検挙率を誇っていた優秀なオスカーでも、間違えるときはある。
 鎌田さんは怒鳴り散らす男をなだめ、お引き取り願おうとしたところ、同僚である女性ハンドラーが麻薬探知犬『ブレンダ』と共に、部屋に入ってきた。するとブレンダも、男の赤いスーツケースの横に座り、微動だにしなくなったのだ。
 オスカーとブレンダ、二匹の麻薬探知犬がスーツケースに反応している。

「スーツケースには、何も入っていなかったんですよね?」
 そう訝(いぶか)しむ同僚に今までの経緯を簡潔に説明した後、二人は検査員に連絡を入れ、男を連行してもらうことにした。
 北アメリカの空港に行く前にスーツケースの中に入っていた麻薬を捨てた、または手探りで調べても分からないよう、巧妙な手口で薬物を入れている可能性もあった。
 個体差にもよるが、犬の嗅覚は人間の千倍から一億倍ともいわれている。いわんや特殊な訓練を受け、厳しい試験にも合格した麻薬探知犬二匹が反応をしめしているのだ。しかるべき場所で検査対象になるのは、当然の流れであった。

 それから数週間がすぎた、ある日の午後。
「いきなり上司から呼び出されましてね。何かと思ったら、あの男のことだったんです。一応、私が最初に担当したから報告しておくと言われましてね」
 検査の結果、スーツケースからは何も出なかった。
 だが、散々待たされることになった男は激高し、暴れ出したという。
「私が調べたときも悪態ついてましたからね。あのガラの悪さなら、暴れてもおかしくはないと思いましたよ。検査所のほうですぐに警察に連絡して、男は連行されました。ここまでは私も知っていたんです。警察に捕まってからのことは何も知らされていませんでしたけど。上司は、警察署で起きたことを教えてくれたんです」
 
 警察で男の薬物検査をしたところ陽性反応は出なかったが、スーツケースに入っていたジャケットから硝煙(しょうえん)反応が出た。男の証言によると、観光最終日にそのジャケットを着て、オプショナルツアーを利用し射撃を楽しんだらしい。
 この場合なら、硝煙反応が出てもおかしくはない。しかし警察は、念のため男のジャケットを預かり、更に調べたそうだ。
 検査の結果、ある殺人事件が浮上してきた。数年前、九州でおきた刺殺事件である。その事件の犯人はとうの昔に逮捕されていたが、男のジャケットからは、殺された被害者のおびただしい血痕が出てきたという。目視(もくし)では分からなかったが、ルミノールを使用したところ反応が出たのだ。
「上司の話によると、警察は大騒ぎになったそうです。あの男も事件に関与しているに違いないって。でもね、全く関係なかったんですよ。殺人があった日、あの男は会社に出勤していた。タイムカードで、アリバイが証明されたそうです。しかも、あの男は九州に一回も行ったことがないし、犯人とも被害者とも面識がなかったって」
 
 男の証言によると例のジャケットは、関東にある古着屋で購入したものだという。それが正しければ、今度は服役中である犯人の証言が食い違ってくる。  
 取り調べ時(じ)の調書には、『被害者を刺したときに返り血を浴びてしまったため燃やして、燃えカスは海に捨てた』と書かれていたからだ。
「警察は刑務所に入っている殺人犯にも、再度取り調べをしたそうです。でも、犯人の証言は変わらなかった。で、犯人にジャケットを見せたら、『全く一緒だ』って、驚いてたみたいですね」
 調書をひっくり返して、殺人事件が起きた日から逮捕されるまでの足取りを調べても、犯人には関東の古着屋まで行った形跡もなく、またそのような時間も余裕もなかっただろうと、最終的に警察はそう判断した。

「普通に考えても、足がつくから返り血を浴びたジャケットなんて売りませんよね……殺害当時に燃やされたジャケットが、なぜあるのか。何で関東の古着屋で売られていたのか。それにオスカーとブレンダが麻薬じゃなく、訓練もされていない血と硝煙の匂いになぜ反応したのか……それら全てが、未だに分かっていないんですよね……」
 麻薬探知犬ハンドラーとして職務についていた頃に起きた怪異は、後にも先にもこの話だけだという。
 それにしても不可解すぎる現象に、私と鎌田さんには考察する余地がなかったことも記しておく。

#実話怪談 #異職怪談 #怪異伝播放送局


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