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「私の絵本ろん」を読んでいる

ぶらりと実際の書店に足を運ぶのが好きだ。

書店は紙の辞書とおんなじで
道草、よけいなそして素敵な知識発見がある。

そうして、未知の分野や作家の本の題名や装丁やらに惹かれて手に取り、ぱらぱらと中身を見て恋に落ちたら、買う。そうして買った本は、たいてい、いい。なかには、買ったまま長いこと時期を待って本棚で寝ている本もある。オーウェルの「1984年」なんて、いったいいつ買ったのだか、20年は超えるのでは?手に取っては数ページで挫折して…を少なくとも1回2回は経験して、ようやくこないだ時機を得て読み始めてみるとこれが面白く、ぐいぐい読み進んで考えて、やはり時期は大事と心得る。

そんな本のひとつに、いま読んでいる赤羽末吉の「私の絵本ろん」がある。「スーホの白い馬」で有名なひとだ。買ったのは1年くらい前だろうか、買った当初はありきたりのことをじいさんが言ってる程度にしか受け取れなくてうっちゃらかしていた。それが、こないだふいと手に取ってみると、これが深くておもしろい。エッセイや、じぶんの作品への向き合い方、作品にどのように取り組んだか、また絵本について思うことなどが章を分けて語ってある。

紙が好きだ。機会はすくないけれども、旅行にいった際や手作り市などでおもしろい紙、きれいな紙を見つけたらつい、買ってしまう。数年前、ひょんなことから知人と高知で合流した際、調べて「紙の博物館」に行った。

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紙漉き体験までして、出来上がりを待つ間にショップであれこれ楽しく紙を買い、紙が好きでそこで働いているスタッフのおばさんと「たのしいですよね~!」「わたしもつい、特に用途がなくても買ってしまうんですよ」となごんだ。

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赤羽さんは、その物語の内容、場面画面の雰囲気からページごとにも背景の紙も変えたりしているという。紙によって表現する粗さや細やかさ、また紙によってインク、墨の滲み具合や印象もかわってくるから、あれこれと組み合わせたり、冒険する様子が読んでいてわくわくする。

また、時代考証や背景など、可能な限り資料をあたり、舞台やゆかりの地に取材に行く人だったらしい。徹底的に調べて、そしてフィクションなのだからと、最後には自由に訴える表現をとりいれるのも素晴らしいなと思った。

慣れをよしとせず、たどたどしくてもいいからいつでも新たな気持ち、新しいことに挑戦する姿勢、そしてもちろんユーモアを忘れずに取り組む姿勢にも共感する。

絵本はこころをやさしく、ゆたかにしてくれる。
同じ話を語るのでも、ことばのひびきや使い方によって話者を選ぶというのも興味深い。

ふと思いついて、絵本だな―子どもが大きくなっても、とっておいてある絵本の棚だ―を見てみると、数少ないなかに赤羽さんの本「かさじぞう」も、紹介され、ほめられていた絵本や作者のもの(「ねずみのすもう」や田島征三の本など)も何冊か持っており、「わたしもまんざらでないな」と思う。

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