王陽明先生の手紙13

十三、黄宗賢に与える
(正徳13-1518年、47歳)
都察院左僉都御史
(とさついんさせんとぎよし)
手紙を頂き、相念うことの厚きをおぼえました。引用の詩は、真心に溢れていて、これを読んで感激し、または恥ずかしく思い、殆ど涙が零れ落ちそうになりました。
人生はともすれば、引っ掛かりが多く、かえって老荘者流や仏僧のように世俗の縁を絶って自由の身の方が良いようにも思えることがあります。君はどう思いますか? 最近、甘泉からの手紙がありましたが、全く同様のことを言っておりました。
士風は日にうすくなり、平生においては善い人だと思っていた者まで、皆付和雷同して学問求道を疎んじております。私はなお独り棲々として(寂しさをかこちながらも)、あえて逃げ出さずに堂の上にいる一羽の燕や雀の様なものです。
原忠が官途のため都に向かおうとしていると聞きました。恐らく本心ではないのではないでしょうか。官途は泥の中に杭を埋める様なものです。その中に埋没したら、抜け出ることは容易なことではありません。私がその失敗の良い見本です。この見本を見てよくよく考えてもらいたいものです。
お出でくださるとの事、何より幸いです。けれども、好事魔多しといいます、思わぬ障碍が発生しないとも限りません。十分計画をしてお出でください。
私は病身で宮仕えの不自由な身、籠の中の病気の鳥の様なものです。いつか、鳳の尻尾につかまって、自由に大空を駆け、或いは深山幽谷に飛ぶように、故郷の山野に帰りたいと思っていますが、こればかりはどうなるか分かりません。

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