【小6算数で全国に並んだ尼崎の学力】

〇 令和3年5月に全国で実施された全国学力学習状況調査の尼崎市の分析結果が公表された。

https://www.city.amagasaki.hyogo.jp/manabu/school/primary/1005407/1005457.html

〇 毎回、小学校6年生と中学校3年生の全員に対して、国語と算数・数学で行われている学力調査であるが、今年度の平均正答率の結果は、小学校国語が全国比-2%、算数が±0%、中学校国語が全国比-4%、数学が-2%であった。
〇 この結果をどう見るかは人それぞれだが、少なくとも、尼崎市において「全国と並んだ」教科が出たことは、全国学力学習状況調査が初めて実施された平成19年度以来、初めてのことである。
〇 そして、昨年まで3年間教育長として在任した私にとっては、今回の調査結果は、極めて重要なインディケーター(指標)であった。というのも、自分自身の教育長在任中の平成31年2月に、教育委員会として打ち出して「基礎学力の底上げに向けた方針」の成果を初めて評価する調査であったからである。
〇 本来は、令和2年5月に調査があれば、その結果が評価指標になったのだが、残念ながら、新型コロナウイルスの影響で中止となってしまったため、令和3年度5月の調査が、実質的な政策評価の一つの指標になったのである。
〇 かつて、平均正答率で全国比-10%以上差がついていたような時代もあったが、最近は、国語、算数・数学ともに、平均正答率で全国比-1%から-5%あたりを推移していた。全国学力学習状況調査の問題数は14問とか16問である。だから1問違っただけで6%以上差が着く。その意味では、-1%も-2%も大した差ではない。初めて小学校6年生の平均正答率で全国比±0%になったといっても、一喜一憂する話でもない。
〇 ましてや、「平均」は所詮「平均」である。例えば、体重が平均より少なくても、個人差があるのは当然で、そんなことを気にする必要はない。学力も同じである。隣のクラスより多少高い・低いといったことで、気にする必要はない。たまたまお勉強な得意な子供が少し多かっただけかも知れない。
〇 しかし、平均が意味がないわけではない。母子健康手帳に書いてある「成長曲線」も平均である。多少成長曲線より上回って/下回っていても気にすることはないが、「成長曲線」より大きく外れていれば、病気や栄養不足を疑うことになる。たかが「平均」、されど「平均」である。「平均」は過度に気にする必要はないが、意識はしておいた方がよい。
〇 さらに、尼崎市という単位で見た時は、個人単位やクラス単位、学級や学校単位で見た時に比べ、「平均」はより大きな意味を持つようになる。中核市である尼崎市は、1学年だけで3,400人ほど在籍している。これだけ母数が大きければ、「たまたま」、「個性による影響」とは言えなくなる。学校の教育力と家庭の教育力の総和が、この平均に表れている。その意味で教育委員会は学級担任などとは異なる視点で平均を捉えたほうが良い。
〇 私は、教育長在任中、この「たかが平均」にこだわらせてもらった。もちろん「平均を超える」などという、直截的なKPIを設定したわけではない。ただ、内心は、この平均は強く意識していた。
〇 そのために、これまでの研究から明らかに相関している「学習時間」の確保に取り組んだ。帯学習の実施、放課後学習など、学校での学習時間の確保を全校に求めた。また、セットで行事の精選などを進めていった。とりわけ、学級担任制である小学校に対しては、こういった取組を強く推し進めた。
〇 確かに、尼崎市は、これまでも「学力向上」に向けた取組を進めてきた。しかし、具体的な手法まで教育委員会が学校に求めるようなことはしてこなかった。そこは、教育委員会と学校の間に暗黙の同意があった。そこを、「学習時間を確保するように」と具体的な対応を求めたのである。
〇 現場は大変である。「勉強だけがすべてではない」などと随分反発もいただいた。とんでもない教育長が来たと思った方もいるだろう。しかし、私も負けない。指導主事に定期的に学校を巡回してもらい、学力向上の取り組み状況を確認し、指導をするという取組を根気よく続けていった。また、その報告を全て受けて各学校の状況を把握し、改善に向けた策を練った。指導主事の皆さんも、先輩である校長先生や現場の先生に対し、様々な意見をしていくことは大変なことだったと思うし、学校現場は学校現場で、教育委員会の方針を踏まえて各学校で知恵を絞り、創意工夫をされたのだと思う。
〇 なぜ、ここまで「学力向上」にこだわったのか。その理由の一つは、「学校」という場で、「やればできるのにやらなかったことにより、その子供の学力が身につかなかった」という状況には、どうしてもなってほしくなかったということがある。
〇 着任当初、各学校長のところに訪問して、よく耳にした言葉に次のようなものがある。
「うちの学校は(家庭環境が)厳しい子供が多いんですよ。」「うちの子どもは家で勉強する子が少ない。」
〇 多くの学校長が、自校の子どもが「家で勉強しない」ことに対して問題意識を持っていたが、できる対策は、「家庭学習の手引き」といったガイドを作成し、配布することが精いっぱいであった。
〇 私は、この課題に対して、「学校で働きかけられる部分」と「学校ではいかんともしがたい部分」を峻別して考えていた。当たり前だが、子供が家庭で過ごす時間は学校はコントロールできない。自分の空間がない家庭、兄弟がたくさんいる家庭、家事をしなければいけない家庭、テレビゲームなど誘惑がたくさんある家庭、色々あるだろう(ちなみに、学力の高い秋田や福井について、祖父祖母世代との同居率が高く家庭の教育力が高いことが要因の一つと分析する研究者もいる)。しかし、学校で過ごす時間は平等である。だから、子供の家庭での過ごし方を学校が働きかけるより、学校で過ごす時間を如何に充実させるかの方が、よほど重要なのである。
〇 そして、文部科学省が調査している不登校の理由の中には「学業不振」も7~8%存在する(その他、友人との人間関係や先生との人間関係も少なくない)。家庭の状況などが主たる理由の場合、学校でできる打ち手は、福祉部局と連携した家庭支援などとなるが、「学業不振」、つまり、勉強についていけず授業や学校がつまらない、という子供の中には、「やればできる」子供もいるはずなのである。こういう子供に対しては、あきらめず、しっかりと丁寧にフォローをしていくことにより、より上級学年に進学しても、授業に参加できるようにしていくことは学校の責任である、という思いを強く持って、「学力保証」と銘打って、学習時間の確保等に向けた取組を進めていった。
〇 もちろん、国語や中学生の調査結果を見るとまだまだ課題があるのは事実である。しかし、とりわけ取組を進めた小学校で、今回、算数が全国平均と並んだことは、やはり、個人的には感慨深いものがある。
〇 ただ、これまでの学力向上の取り組みと、今回の算数の結果に因果関係があるかどうかは不明である。本来は、各クラスがどれだけの学習時間を確保し、そこでどういった内容の学習をしたのかということを記録できていれば、因果関係の検証までできたのかも知れないが、現場の先生方の負担も考えれば、そういった記録を残していくことは容易なことではない。こういった因果関係の分析が、今後進んでいくことを願うばかりである。
〇 人は、言語や学んだこと、そして経験から得たものを使って多面的に「思考」を深めていく。そして、個々の「思考」は、よりよい社会を創っていくために不可欠な要素である。学校での学びは、「思考」を深め、その「思考」の結果をアウトプットにつなげていくために極めて重要である。
〇 勉強だけが全てではない。しかし、授業を提供する立場として、「学校でやればできたのに、やらなかったことにより、授業が分からなくなり、学校がつまらなくなった」ということは絶対にあってはならない。
〇 尼崎市が今回の結果を踏まえ、今後、さらに、授業改善や学力保証の取り組みを進め、より多くの子供たちが、やりがいを持って授業に参加できる環境が進むことを期待するばかりである。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?