見出し画像

数字のマジック  新見正則

「本日はポイント10倍の日」

なんとなくそんな言葉で購買意欲が湧いたりします。
1,000円の買い物で通常1%、10円のキャッシュバックが
特別な日に買い物をするとその10倍の100円になるのであれば超お得です。
でも通常は0.1%のバックである1円が10円になっても
実はあまりお得感はありません。

比率と実際の数字では全然違って感じる不思議

 ① ある抗がん剤を使用すると、乳癌の再発率が半分になる
 ② ある抗がん剤を使用すると、5年後の無再発率が90%から95%になる

上記は同じ事象を違う文言で表現しています。

抗がん剤の使用を勧めたいとき、
①で患者さんに説明すると抗がん剤を使用する選択に傾きます。

この比率が示す実際の数字をみてみましょう。
抗がん剤治療をしなくても5年後、100人のうち90人は元気です。
抗がん剤治療をしても5人は不幸な結果になります。
つまり、抗がん剤治療でご利益のある人は、100人に5人(95−90=5)です。

このように説明すると、
たった100人中5人しかご利益がないのにつらい抗がん剤を使用するのか、
とちょっと躊躇すると思います。

これが、98人が5年後も元気で、抗がん剤を使用すると99人が元気である時も
①はそのまま使用できます。
そして、②は
「ある抗がん剤を使用すると、5年後の無再発率が98%から99%になる」
と変わります。

こうなると、副作用が強い抗がん剤であれば、ほとんどの人が選択しない
という結果になります。

「つらい抗がん剤をやっても、たった100人に1人しかご利益がない」
とわかるからです。

臨床試験を勝ち抜くという意味

僕達サイエンティストはエビデンスをもとに効果的な治療を創り上げます。
医療でエビデンスレベルが一番高いとされるのは
1,000例を超える規模のランダム化された大規模臨床試験です。
そこで統計的な有意差があると証明されれば最強です。

臨床試験を勝ち抜くためには、
症例数が多く、ご利益の差が大きく、そしてそれぞれの群の標準偏差が少ないと、統計的な差が大きくなるのです。

     (もっとよく知りたい方には下記の本がお薦めです↓)


だからこそ、1,000例を超える規模がザックリと人の臨床試験では必要なのです。ご利益の差を生存率で言えば、50%と99%は相当な違いです。
90%と95%は微妙、そして98%と99%ではほとんと差がありません。

標準偏差とはそれぞれの群のバラツキです。
バラツキがなければ例外が少なくなり、統計的有意差が出やすくなります。

ワクチンだったらどうなるの?

ワクチンがなければ100人に1人(1,000人に10人)が感染して、
ワクチンを打つと1,000人に1人しか感染しないとなると、
1,000人中10人の感染者が1人になるので、90%の有効性です。
でも実際は1,000人中1人が10人でも、あまり差を感じない人が多いと思います。
そこも数字のマジックです。

エビデンスレベルとは2つの群に明らかに差があるということを謳っているのであって、違いの大きさは論じていません。ご利益の差がしっかりあるような治療を築き上げることが臨床医の責務なのです。

どっちが正解かわかる?

あるは箱には100個の玉が入っています。
白玉が当たり、黒玉がハズレです。
90個の当たりの白玉が入っている箱と、95個の当たりの白玉が入っている箱。
明らかにこの2つの箱では当たり玉を拾い上げる確立が異なるというエビデンスがあります。

ではどちらを選ぶのが正解でしょうか。
それはわかりません。
運に左右されるからです。

僕は、今までの人生で、左右を悩むときは左を選んできました。
そして結構幸せに生きています。
そこに論理的な整合性はありません。
運気がいいな、と思えるだけです。

運の良いことと、運を超えること。

医療サイドとして大切なことは、
運気を相当排除しても、明らかに当たりが多い箱を用意することです。

100個中100個当たりの箱を用意することが理想です。
そうすればだれもが例外なく、運気は無関係にその箱を選びます。
100個中99個の当たりでも、多くの人はその箱を選ぶでしょう。

患者さんは運気が上がる生活をすること、
そして医療サイドは運気を超えて、
明らかなご利益を提供することが大切と思う今日この頃です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?