見出し画像

MOROHA 2019年5月29日 リリースイベント

2019年5月29日。僕はMOROHA・アフロの連載企画『逢いたい、相対。』の対談原稿を書いていた。担当編集へ提出する前に原稿を何度も読み返していたのだが、いつも同じ箇所でマウスを動かす手が止まる。それはアフロが「客を盛り上げるためにサービス業としてライブをやる奴を信用しないし、キレイごとを並べてサービス業でペンを持つライターのことも信用してない」と話している箇所。あの言葉を発したとき、アフロは対談相手ではなく僕の方をギラッと見た。「てめえは心当たりねえのかよ」と言われた気がして、何も言い返せず精一杯ヘラヘラしてごまかしている自分がいた。あれから数日経った今も、後ろめたさのような感覚が心でしこりのように残っていた。

自分のことじゃないと気にしなければ楽だったけど、どうしても無視ができなかった。そしてこの日、MOROHAはアルバム『MOROHA IV』の発売日で、新宿のタワーレコードにて20時30分からリリースイベントを行うことになっていた。パソコンのモニターは19時40分を表示している。「まだ間に合う」と雨の中、僕は2人のライブを観に行こうと新宿へ向かった。

20時15分。店内に到着するとステージ最前から後方まで大勢のお客さんが詰め掛けていた。背伸びをすれば、かろうじてステージが見える。そして予定の時間になり2人が登場。拍手で迎える観客を前にUKは笑みを見せることなく「ストロンガー」を弾き始め、アフロも険しい表情で歌を乗せた。曲中でアフロがフロア全体に向かって「(店内が)明るいからってヘラヘラしてんじゃねえぞ」と言ったとき、僕の隣でこっそりムービーを撮っていた女の子の手が止まった。

その後「奮い立つCDショップにて」を歌い終えて、3曲目「米」の演奏が始まると再びアフロが観客に向けて話す。「今日のライブは我々ノーギャラでございます。みなさんからのライブに対してのお金はいただいておりません。フリーライブ……だけど、間違ってもタダなんて思うなよ。後払いだ。なんせ俺たち、マイクを握るときとギターを弾くときは、金を稼ぐためにやってんだ」。

その言葉の直後に<俺は貧乏が怖い もう二度と切ない思いしたくない だから金稼ぐ だから張り切る>と歌が始まった。音楽の世界にしろ、文章の世界にしろ、人から求められなかったら生活することができない。<働け 何でも屋の頑張り屋 ラップ 文章 CMナレーション 共通言語 限度なき熱量>そこまで歌うと息を大きく吸い込んで、精一杯叫んだ。<俺を求めてくれて ありがとうございます>——。

ライブは終盤になり、アフロが話す。「いろんな人から『発売おめでとう』と言ってもらえるんですけど、心からありがとうと言えたのは、1stアルバムが発売されたその時だけ。それ以降は心からありがとう、と言えるほど俺は能天気じゃありませんでした。発売日っていうのは、俺たちにとって結果発表の日なんです。作り上げてきたものっていうのが、どれだけの人に求められているのか明確に、数字で、ハッキリと示される日が俺たちにとってCDの発売日なんです。だから無邪気に100万枚売れると信じていた1stアルバムの、あの日だけが『発売おめでとう』に対して『ありがとう』って心から言えた日でした」。

そして1stアルバムから9年が経った今の心境を訴える。

「だんだん“本当のこと”っていうのがわかってきて、それは誇らしいことでもあるんだけど。どこかで一番大事な部分を殺されたような気がして、胸が痛くてしょうがないです」。

拍手もなければ、歓声もない。ただみんながアフロとUKを見つめていた。

「……でも『なんで続けてるのか』と聞かれたら、1stアルバムの発売日に心から言った『ありがとう』よりも、今いう半信半疑の『ありがとう』の方がどう考えても力強いと思うから」。

スピーカーから伝わるアフロの声は震えていた。

「だから、まだもっと良い曲書けるって、もっともっと頑張るってそういう風に思います。もう一度、もう一度来るはずなんだ。力一杯『ありがとう』と言える日が。それはやって来るんじゃなくて、掴み取る日が。今日は金をもらってないから、その分の『ありがとう』は言いません。……時間を割いてくれて、ありがとうございました」。そして最後に演奏されたのは「五文銭」。

どこへ? なぜ? どうして? 何をもってそこまで?
いつまで? 誰の為? なんの為に?
追いかけ続ける問いかけの答え
答え…

この自問自答は、まるでMOROHAのアフロと滝原勇斗が対峙しているようだった。アウトロに差し掛かり、アフロがくしゃくしゃの顔で叫ぶ。

「汗で許しを乞うしかないんだ。不甲斐ない自分に、汗をかいて『こんなに頑張っているから、どうか今日の不甲斐ない自分を許してくだい』って、そんなことしかできないんだ。<どこへ? なぜ? どうして? 何をもってそこまで? いつまで? 誰の為? なんの為に?>そんな言葉がいつまでもグルグルと回り続ける。……あぁ、いっそ諦めちまおうかなって思う。だけど『諦める』なんて立派な言葉は、寒気がするほど、恐れるほど、向き合った奴しか口にできない言葉で。俺には、まだその資格はないと思うんです……」。

そしてUKが演奏を続ける中、アフロはタワレコのレジに向かって言葉を投げた。

「タワレコぉ、覚えてる?1sアルバムのリリースイベントの時、レジに乗っかって『俺、てっぺん獲る』って叫んだろ。……ごめんな、時間かかって。後で許しを乞うような真似をして、ごめん、ごめん、ごめん、ごめんなさい……」。

アフロはマイクを掴んだまま、頭を下げて叫び続けた。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」。

その声はパフォーマンスではなく本当に泣いているようで、聴いていて胸が痛くなった。

「だけど、必死だったんだって。胸を張って言えるよ。新宿タワーレコード、いつもありがとう。これからもありがとう。また会いましょう」。こうしてMOROHAのリリースイベントは幕を閉じた。

——終演後、MOROHAの2人、スタッフと別れて帰宅した。僕が『逢いたい、相対。』の原稿を完成させてメールを送ったのが午前2時。気づけば、頼まれてもないのにリリースイベントのライブレポートを書いていた。誰にも読まれないかもしれない。だけど「俺は心のない言葉を綴るような、そんなサービス業でやってるライターじゃない」って、自分自身に言いたかったんだと思う。

原稿を書き終えたのは午前6時。ベランダに出ると、数日前に植えたひまわりの種が芽を出していた。……お前も俺もいつか立派な花を咲かせる日が来る。その日が訪れるまで根を張って生きよう。

<MOROHA 2019年5月29日 @新宿タワーレコード>
01 ストロンガー
02 奮い立つCDショップにて
03 米
04 拝啓、MCアフロ様
05 五文銭


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?