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teto『結んで開いて』 10月16日@京都磔磔

電話がかかってきた。
「真貝さん、10月16日にインタビューをお願いできませんか?」
「うわぁ……その日、京都におりまして」
すごく申し訳ない気持ちで、編集のMさんに伝えたら
「あぁ〜、じゃあ電話インタビューでも大丈夫です」
——ということで、僕はせっかく京都へ来たのだが防音設備のしっかり整ったカラオケボックスで、1人パソコン作業をしながら電話インタビューをして、気づけば6時間もこもっている。そして時計の針は18時を指しており、tetoとザ50回転ズのライブに向かわなければいけない頃合いだ。せめて記録だけでも……となんとなく京都の町並みを写真に収めながら京都磔磔へ到着。

ここは築100年を誇る老舗のライブハウスで、銀杏BOYZ、くるり、ウルフルズ、ブルーハーツ、エレファントカシマシ、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTなど挙げたらきりがないほど数々のアーティストがこの場所でライブを繰り広げた聖地だ。
磔磔が他のライブハウスと勝手が違うのは、住宅街に囲まれているので21時以降は演奏ができないルールがある。つまり、この日アンコールは行わないことが既に決まっていた。

ライブまで少し時間があったので控え室へお邪魔すると、tetoとザ50回転ズが全員揃っていた。20畳ほどの部屋には1室ではあるが、各バンドのスペースが区切られている。
無言で開場時間を待っているtetoの元へ、ダニーが近づいてきて、佐藤に「自分、ベースを始めて3年やっけ?ねぇ、一番難しいの弾いてや」というと佐藤は「え……あぁハイ」と自分のベースを手に持って弾いてみせた。再びダニーが「あんなぁ、弦にピックを挟んだままやと音は出えへんねん!!」とツッコミ、爆笑する山崎。
今度は小池に「どんなギター使ってんの?」と話しかけて「コレですね」と小池が差し出すと「へぇ〜」と眺め「ピックアップってどこか分かる?」「ここですかね?」「……そこはちゃうな。(間を空けて)すごいよなぁ〜ピックアップを知らんでも恵比寿リキッドを埋められるんやから」と冗談交じりに話すと、横からドリーが「そんなこと言われたら、怒らなあかんで!」とコントのような掛け合いを始めた。

そんな感じで和やかな雰囲気の控え室。開演時間になり、最初に登場したのはザ50回転ズ。「たまにはラブソングへ」からスタートした。3人のステージには華があって、性別や年齢を問わずに巻き込んでいく絶対的な魅力がある。ドリーが口を開く「みなさんの気持ちは分かっております。“なんなんだろう、この人たちは !?”と(笑)。ロックンロールにもいろいろあるよ!tetoみたいに等身大で、カッコイイよくて、友達のようなロックンロールもあれば、歩いていたら道を避けたくなるようなロックンロールもあるんです!それが俺たち、ザ50回転ズや!」と盛り上げると、さらにさらにノってくる観客。

そしてMCは続き「……この人たちは何で曲を始めないんだろう、と思ってるかもしれない。まぁまぁ、ロックの情操教育中やがな。知らない曲で楽しめるのがロックンロール、すぐにノリ方がわかるようになるのがロックンロール……いくぜぇ!」と「レッツゴー3匹!!」へ。 みんなが飛び跳ねたり、ダイブしたり、踊ったり、ロックの洗礼に酔いしれている。めちゃくちゃ痛快だ。

中盤に入り「ここで1曲、ロマンチックナンバーをやっても良いかい?夏の終わりのロマンチックナンバー『11時55分』という曲です」

悲しいほど晴れた8月の校庭に
夏がだるそうに昼寝をしているよ
あの娘はまぶしそう
目を細めている
風が吹き抜けて
ロマンチックだぜ
(『the 50kaitenz』より「11時55分」)

僕が小学生の頃はスマホなんてないし、当然SNSだって存在しなかった。僕が知っている好きな子の情報なんて、一緒に授業を受けている時の様子くらい。あれから約20年、Facebookに“友達かも”と彼女の名前が出てきた。30歳になった彼女は、顔つきは大人の女性になっていたが、プロフィール写真の笑顔には当時の面影も残っていた。仕事のこと、住んでいる場所、どんな映画が好きかなど、色んな情報が出てきた。「もう12歳の彼女はいないし、12歳の僕もいないんだ」と友達申請をすることなくページを閉じた。「11時55分」を聴いて、戻れないと思っていた“あの夏”の匂いを思い出した。今になると甘酸っぱい青春の1ページも、あの頃の僕にとっては一挙手一投足で、とにかく必死だったと思う。
そして最後は「50回転ズのテーマ」で締める、なんというか全てが詰まった、ロックスターの45分だった。

続いてはtetoのステージ。2階の控え室から姿を現した、山崎、佐藤、福田。小池が出てこないと思ったら、2階から1階のフロアへ向かってジャンピング。観客にもみくちゃになりながらライブが始まった。1発目は「高層ビルと人工衛星」でスタート。一気に前線へ押しかける観客。そして「あの娘は片手にアイスクリームを持って、もう片手に手塚治虫の『来るべき世界』を持っていました」と言って「トリーバーチの靴」を披露。もう上手く歌うとか、上手く弾くとか、そういう問題じゃなくて、観客とtetoがいかに全身全霊のエネルギーをぶつけ合うかという勝負である。汗と熱気と歓喜と音楽だ。

3曲目の「Pain Pain Pain」では小池はフロアへダイブして、観客の靴を口にくわえて投げ捨てる。もはやプロレスを見ているかのようだった。「暖かい都会から」ではサビになると一体、誰が何をしているのか分からないほどフロアはさらに揉みくちゃ状態。それを見て佐藤も山崎も笑みを浮かべる。

「思うんですよ!もうね、熊本とか長崎とか色んな人に会うわけですよ。それが嬉しくてたまらなくて。俺ね、楽しいだけじゃ満足できない体になってしまった。怒りでも、喜びでも、言葉にできない感情も、そんな何でもある状態がtetoのライブだったら良いなと思うんです。何しても良いんだよ。だって、俺さっき知らない人の靴を食ってたもん。そういう何でもアリが続けば良いと思います」

そう言って「マーブルケイブの中に」「散々愛燦燦」「9月になること」を演奏して、中盤戦に突入。「俺の故郷は群馬で、東京に出てきてバンドをやってますけど。歳を重ねれば重ねるほど昔に犯した後悔を思い出すんですよ。それがどうにもならないんだけど、ずっとぐるぐる回ってるんだよな。そんな曲を『溶けた銃口』」小池の音楽はどこかに後悔とか後ろめたさがあって、それを忘れようとするのではなく、「受け入れて生きていくしかないんだよなぁ」と言ってるような気がする。「もう、やるしかないだよな」って。俺も、お前も、君も、僕も、あの日に帰ることなんて出来ないんだから、過去を踏まえて今を生きようぜ、ってそう言われてる気がした。

「あと2曲で終わりです。9時までだからね、ここは」限られた時間を名残惜しみながら、歌ったのは「忘れた」と「手」だった。今日という日を忘れないように、そして最後は明るく別れようという、そんな選曲だった。

大きな拍手に包まれながらステージから降りる4人。しかし、誰も帰るものはいない。とはいえ、磔磔のルールで21時以降に演奏することは禁止されている。しかし観客はおかまいなしに、手拍子を始めた……。この場をどう収めるのかと思っていたら、小池がアコースティックギターを1本持って現れた。「さっきも言ったけど、夜9時までなんだよ磔磔は。……まあ、だけどアコースティックなら良いっていうのでやります!」そう言ってフロアの真ん中へ移動し、演奏を始めた。

本当の最後に披露したのは「光るまち」だった。大円団の中で小池はアコギ片手にマイクを通さず歌い、観客は手拍子をする。さっきまでヒリヒリしたライブを観た後に、こういう演奏をされると……なんというか「たまらなかった」。いろんな言葉が脳裏によぎるけど、何が言いたいかって「たまらなかった」の一言に尽きると思う。

光るまちに行こう 終電には帰ろう
光るまちに行こう 終電はもう逃そう
(『忘れた』より「光るまち」)

ライブが終わり、時間を確認する。京都から東京行きの最終電車は21時30分。奴らのせいで僕はまさに終電を逃していた。

TEXT&PHOTO:真貝聡

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