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母子の秘め事はなぜ起こるのか川名紀美『密室の母と子』(1980年、潮出版社)


 川名紀美さんの著書『密室の母と子』(1980年、潮出版社)は、昭和53年(1978年)当時、年間約1万5000件もの相談が寄せられていた荒川和敬氏の「ダイヤル避妊相談室」(新宿区に拠点があったそうです)で、近親相姦に関する相談が青少年から多く寄せられていたことに関心を持った川名さんが、母子相姦に内容を絞って発生の原因、実態などを分析し「朝日新聞」に発表した内容をまとめた母子相姦の研究書籍です。

 同書によると、「ダイヤル避妊相談室」に寄せられた近親相姦の相談は、昭和53年10月から昭和54年9月の1年間だけで412件もあったそうです。そのうち110件が母子相姦の内容だったといい、相談者は中学生が7人、高校生が52人、浪人生が5人、大学生が23人、大学院生が1人、社会人が22人という内訳だったそうです。

 近親相姦をしてしまったという相談だけでなく、近親相姦の願望を持っているという青少年からの相談もあったといい、男性相談者の場合、その対象は、姉が64件、実母が45件、妹が28件、叔母が7件、女性相談者の場合は兄が4件、弟が6件あったと書かれています。

 取材の中、マスターベーション(オナニー)を見つかったことが母との性行為のきっかけになったという証言が非常に多かったことにも触れており、110件のうちの22件のきっかけがマスターベーションに関するものだったと指摘しています。ほかにも母親からマスターベーションを教えられたことがきっかけになったが9件、母親のオナニーを見てしまったことがきっかけになったが6件あったそうです。

 また親子の入浴がきっかけになった事例も多く(20件)、ほかにも入浴できない状況の時に体を拭いてもらったことがきっかけになったというのが3件、入浴を覗いたのを見つかったことがきっかけになったが2件あったとのこと。過剰なスキンシップ(体の接触、触り合い)からセックスに至ったケースも13件あったそうです。

 多くの場合、母親がそうなるような雰囲気を作ったり、きっかけを与えるような行動をしていたとも書かれています。母親の側はそうなった場合、自分と息子を納得させるような大義名分もきちんと用意した上で行為に及んでいるといい、この多くは「人様に迷惑をかけると困るから」など「●●になると困るから」の言い回しが多かったそうです。

 具体的な母子相姦例、体験者の告白も多数紹介されており、川名さんは第2章「ゆがんだ“聖母”」の中で、母子相姦に至る母親の年齢層が30代後半から40代が一番多かったことにも言及。これらの多くの母親が子供のマスターベーションや性の目覚めに対する知識が乏しかったと指摘しています。

 異性である思春期の息子に起こる生理的な現象に適切な対処ができず、無知で歪んだ視点を持って息子を責めたり、守ろうとしたことが性行為にまで発展した原因の一つとなった可能性が高いと述べ、マスターベーションを目撃した母親たちは子供に「頭が悪くなる」「不潔だから」「そんなことをしていると子供ができなくなる」「身体に悪い」などとおかしな情報を振りかざして叱咤していたケースなどを紹介しています。

 また近親相姦に陥る母親は、関心ごとのほとんどが子供や教育に向き、自分の子供のことを知っていないと不安になってしまうような教育ママタイプが多かったとのこと。“子供への押し付け”や“子供への管理意識”が強く、自分は誰よりもこの子のことを理解し、この子のことを思って行動していると勘違いしてしまうタイプが陥りやすいと指摘しています。

 母子相姦に至った子供の多くはガールフレンドがその後できにくくなる傾向もあるようです。母親と子が密着すればするほど、第三者の立ち入る隙がないような閉鎖的な家庭環境が出来上がってしまい、外部の人たちとの人間関係が希薄になってしまうといい、母親と関係を持ちながら外部の女性とも交際している人は数人しかなかったそうです。

 もちろんここに書かれていることが全てではないと思います。この書籍の発売から40年以上が過ぎた今、家庭内相姦の原因や実態はより複雑化し、当時からも大きく変化してしまっていると思います。ですが、社会があまり認知していなかった1970年代後半から80年代にこの問題に切り込み、社会に対し警鐘を鳴らした川名さんの功績は大きいと思います。読み進めるうちに、この書籍の現代版が読みたいなとふと思ったりもしました。

(了)

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