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母子の恋愛を描く映画『欲動する肉体』(grand jeté、2022年)レビュー


◎『欲動する肉体』(原題:grand jeté、2022年、ドイツ、イザベル・シュテーヴァー監督、母と息子)

 『欲動する肉体』(原題:grand jeté)はイザベル・シュテーヴァー監督による2022年のドイツ映画で、母子相姦が題材になっています。原題の「グランジュテ」というのは「大きな跳躍」を意味するバレエ用語だそうです。ドイツでは閲覧対象者が16歳以上の作品として公開されました。

 海外のレビューサイトでは結構辛口な評価が目立つ作品なのですが、僕はこの作品が「近親相姦」をどう描くかに着眼して見ていたので、映画の内容には大満足でした。母と子の恋愛に倫理やタブーという物差しを当てて悲観的に描くのではなく、肯定的とまではいかないものの、純粋なラブストーリーとして描いている点に好感を持てたのです。

 ポルノでない一般の商業映画で「近親相姦」を描く場合は、どうやらそこに倫理やモラルの物差しをある程度突きつけることが、作品評価を左右する大きなポイントになるようです。児童虐待や強姦的なシチュエーションならともかく、和姦な「近親相姦」にまでこれを強いるのはどうかなと個人的に思います。

 海外のレビューサイトの書き込みからの抜粋です。

ーーまるで自然が与えたかのような母子の親密さという最初のモチーフが一貫して追求されている。道徳の問題は基本的にこの映画では何の役割も果たしていないーー

ーー『グラン・ジュテ』は、このタブーな母子の物語をセンセーショナルに伝えることに興味はありません。代わりに、映画は無批判で公平な目でこの映画を構成し、登場人物やその罪に対して何の批判もせず、単に出来事が画面上で展開するのを放置していますーー

 母子相姦を一つの恋愛の形としてシンプルに描くことにこだわった理由については、シュテーヴァー監督のインタビューを読むと、なんとなく見えてくる答えがありました。ちなみにシュテーヴァー監督は女性です。調べると、レズビアンの方なのだそうです。本作の脚本も彼女の同棲相手でありパートナーのアンナ・メリコヴァというロシア人の女性が担当しています。

 あるインタビューの中で監督はこう語っています。

「私はただ物事を静かに受け入れる女性を見たい。その女性のイメージを私たちの社会に取り入れることが大変興味深いことだと思っているのです」

 レズビアンなどの同性愛も社会からの批判や偏見に晒されることが多い恋愛の形態です。異端とわかりきった恋愛に、あえてタブーという物差しを当てて描くことに彼女なりの嫌悪があったのかもしれません(これは僕の想像です)。

 作品のヒロインは10代の頃に出産し、バレエに専念するため、幼い息子マリオを母に預けた過去を持つバレエダンサーのナージャです。息子とほとんど顔を合わすこともなく、彼女は人生の大半をバレエとともに過ごし、今は若いダンサーにバレエを教える日々を過ごしています。

 年齢を重ね、すっかり覇気を失っていたナージャの生活ですが、疎遠になっていた息子のマリオとの再会を機に一変します。ナージャは誕生パーティの席でマリオと再会し、彼に誘われるまま、夜の社交場へと遊びに出かけます。マリオは生まれてからずっと祖母と一緒に生活をし、ナージャのことはほとんど知らず、彼女のことを最初から1人の女性として見ています。ナージャも、すっかり成長し、いつのまにか逞しくなったマリオを見て驚きます。マリオとクラブで遊び、彼の自由奔放さや、鍛え上げられた肉体に関心を持ちます。その後、ナージャは遂に彼と体の関係を持ってしまうのです……。

 母役をサラ・ネバダ・グレザーが、息子役をエミール・フォン・シェーンフェルスが演じます。原作はアンケ・ステリングの『フュルゾルゲ』という作品ですが、この原作はそもそもこの母子相姦の恋愛劇を映画化しようと考えていたシュテーヴァー監督からの依頼で書かれたもののようです。原作ありきの作品ではないようです。

 二人の性交シーンにグロさは感じません。グロく見せるような描き方がされていないのです。それが近年の「近親相姦」題材作品と一線を画す部分だと思います。結ばれてはいけないもの同士が結ばれる際の、独特の緊張感のようなものは表現されていますが、それ以外は本当にシンプルなラブストーリーとして母子の恋愛が描かれます。いろんなモラルの制約を取り外そうとしてそうしたのかはわかりませんが、二人を取り巻く環境についても劇中、あまり語られず、説明的な表現も出て来ません。そのあたりもとても個性的な作品だなと思いました。

 母子相姦を一つのラブストーリーとして描く作品としては、日本映画では『水で書かれた物語』(1965年、吉田喜重監督)、『魔の刻』(1985年、降旗康男監督)などがあります。興味を持った人はこちらも一度チェックしてみてください。近親相姦をラブストーリーとして描く一般の商業映画はそもそも少ないのですが(AVはいっぱいあるのですが)、母と子のシンプルな恋愛ものはさらに限定されてしまのです。貴重な作品だと思います。
  
(了)

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