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設計のフロンティア: CAEを駆使した設計式構築のすすめ

メカ設計=現実世界におけるモノの設計、その難しさ

設計はどこで行われているか

設計は仮想的で理想化された空間で行われています。設計が設計者の脳内で思考している場合でも、CADやCAEを使用している場合でも、取り扱うパラメータはすべて設計者の想定の範囲内に存在します。本当に想定できないことは設計に織り込むことはできません。しかしながら、現実世界においては設計で扱えるよりはるかに多くの要因=パラメータが、直接的・間接的に関与しています。ここにメカ設計の難しさがあります。

設計者が設計できること、できないこと

また、メカ設計者は、想定し得るパラメータの中の限られたパラメータだけを設計しています。例えば、材料や寸法、表面処理などで、これらはマクロ的要素ともいえます。

一方でわかっていても設計が困難なのはミクロ的な要素や環境的なパラメータです。ミクロ的な要素とは、例えば金属ダイカストにおける不良の代表例である鋳巣は、ミクロのガスによる不良です。また、繊維強化プラスチックのミクロ的要素である繊維配向は、ゲート位置を配慮して設計しても細部まで意図通りにできることは稀です。このほかにも、表面粗さやプレスの抜き肌なども厳密にコントロールすることは困難です。このように、ミクロ的なパラメータの設計は、非常に困難であることが多く、現実的には無理でしょう。

環境的なパラメータには、例えば使用環境の温度や湿度、紫外線への暴露量などがあります。設計者は最大限の設計配慮を行い、さらに説明書や仕様書に丁寧に制約を記載しますが、多くの方が経験されているように、現実世界は容赦ありません。

このように、設計できるパラメータと設計できないパラメータが複雑に絡み合っているのが、メカ設計の現実です。

設計できることを設計しているか?

それでは、設計できるパラメータだけでも完璧にしたいところですが、現実問題としてはこれが非常に難しいです。なぜなのでしょうか?

多くの方が各々意見を持つこのテーマですが、ここに私も一つ提案させていただきます。それは、「人間はどうしても線形的に考えがちである」ということです。すなわち、設計空間内の既知の点をもとに、内挿したり外挿したりした点を設計点として選択しがちです。このような判断は多くの場面で行われていて、いわゆる「経験と勘と度胸」による設計をするときの脳内のはたらきです。すなわち、「経験」が既知の点、「勘」が内挿・外挿、「度胸」が選択です。

しかし、現実は必ずしも線形であるとは限らず、設計と現実に乖離が生じることがあります。また、パラメータが独立であるとも限りません。パラメータ同士に強い交互作用が存在する場合は、設計と現実の乖離はさらに大きくなることでしょう。このような非線形性や交互作用を脳内だけで処理することは非常に困難です。そして乖離が設計余裕度を超えると、設計品質不良と故障に至ります。

故障に至れば設計者は、なぜなぜ分析を行い、設計変更や暫定対策、恒久対策の立案と実行に追われることになります。対策にかかる工数はもちろん、試作や量産段階で既に製品を作っているため、金銭的費用もかかります。誰もがこれを非常にもったいないことと思っているでしょう。

メカ設計の難しさを克服する手段

理論式と実験式

幸いなことに、設計者が非線形性や交互作用を正確に扱う手段は存在します。それが設計式(設計計算式)です。設計式には大別して2つのタイプがあります。

1つは理論式。これは理論や定理から直接導かれた諸量の関係を数式で表したものであり(※デジタル大辞泉)、梁の構造計算やねじの軸力計算などがその例として挙げられます。

もう1つは実験式です。理論的根拠は明らかではないものの、実験や観測などによる実測値から導かれた諸量の関係を数式で表したもの(※デジタル大辞泉)です。広く流布している実験式は稀ですが、疲労限界の推定式などが有名でしょう。ただし、世に出てこないものの、多くの産業・製品にて固有の実験式がエキスパート設計者によりつくられ、設計開発現場で用いられていることと推察いたします。

理論式は設計者が作れるか?

まず理論式については、実際に設計者が使える式を構築することは非常に難しいです。何よりも理論に関する広範な知識を有していることが必要ですので、これだけでもハードルは高いです。さらに理論式は高度に理想化された環境のもとで構築されているので、現実世界にある多数のパラメータを取り込む余地が狭いです。このことは、現実世界を相手にしている設計者にとっては適用しづらいという問題につながります。また、理論式は単純な要素を対象としていることが多く、実際の部品や製品まで拡張・統合するには困難を伴います(その困難を演算力で解決しているのがCAEです)。

実験式はどうか

一方の実験式ですが、従来は実験の準備が必要であり、これもハードルが高かったです。測定機材を用意し、サンプルを多数作成し、多くの時間を実験と分析に費やす必要がありました。

さらに会社組織的な観点として、設計者の評価が製品設計で決まる以上は、設計者にとって設計空間を広く探索する実験を行う動機は薄く、部門としてもリソースを与えられないことがほとんどです。

CAEで実験式を作るとは

このように現実世界で実験を行う場合にはリソースが無いという問題が生じます。それならば仮想世界、すなわちCAEで設計空間を探索すれば良い、というのが本稿の提案です。

CAE実験式構築のプロセス

  1. 対象のモデル化 設計課題、求めたいアウトプット、インプットとなる設計者がコントロールできるパラメータをそれぞれ定義します。

  2. パラメータ範囲の定義 変化させるパラメータとその上下限値、すなわち設計空間を決めます。

  3. CAE解析条件の設定 CAE解析を自動化して多数のケースを連続的に解くために、CAEの設定を最適化します。

  4. CAE自動計算と結果取得します。

  5. 実験式の構築 結果に最も当てはまりが良いパラメータの組み合わせを選択して式化します。

このプロセスのメリット

このプロセスのメリットの代表的な点をいくつか挙げます。

  • エキスパート設計者が基本的に不要です。
    従来はエキスパート設計者が勘所として抑えていた暗黙知を形式知化するために、丹念なヒアリングをしながら設計式を作っていく必要がありました。しかし、本プロセスではエキスパート設計者がもつ暗黙知の源泉となっている設計パターンと同数かそれ以上のパターン数をCAEで行います。そのためエキスパート設計者の暗黙知は必須ではなくなります。

  • 現実の制約を超えた設計空間まで探索できます。
    将来トレンドを先取りした設計を試作しながら行うことは難しいです。確実性の低い試作に費用を投じる環境はなかなか存在しません。あるいは、そもそも試作できるサプライヤーが存在しないこともありえます。しかし、CAEであれば設計空間に限界がありません。

  • 設計者のニーズに寄り添った実験式が作れます。
    本プロセスでは設計者のニーズ、すなわち必要とするインプット・アウトプットのパラメータに合わせた実験式を作ることができるます。また、設計者ニーズが変わっても、ベースとなっている多量のCAEの結果から修正した実験式を導出することも容易です。

このプロセスの制約と限界

一方で当然のことながら制約や限界もあります。

  • CAEのリソース(ソフトウェア、計算機、CAEに習熟したオペレーター)が必要です。
    とはいえ試作にかけるリソースとの比較において、CAEの方が高コストになる場面は一般的に少ないです。また、CAEを受託するサービスも日本国内だけでも多数あり、内部にCAEリソースをもつ必要はないともいえます。

  • 設計者は、設計対象をモデル化するためのスキルと知識が必要です。
    設計者はモデル化された「結果」を容易に受け入れることができますが、自ら「モデル化する」ことに不慣れな場合が多いです。このモデル化については別稿にて深掘りする予定です。

  • 定量化できないこと、計算できないことは実験式にできません。
    本プロセスではCAEが対応できない問題には対処できないため、別のアプローチが必要です。そうした分野についてはAI(人工知能)を活用することが有効です。AIの設計活用については別稿にて提示する予定です。


CAEで実験式が作れる時代

計算能力の向上が設計空間探索を可能に

NASA(アメリカ航空宇宙局)がロケット開発のためにNASTRANを用いたところを皮切りに、設計者がCAEを用いる領域は拡大を続けてきました。

当初は計算能力の制約からCAEは設計空間上の1点を狙い打ちで実施し、それは実験結果を理解するためでした。目には見えないもの(例えば構造の応力や流体の圧力分布など)を可視化することが目的であったと思われます。

時代を経るにつれて、ムーアの法則が示す通り、計算能力が劇的に向上し、CAEの活躍の場面も広がりました。設計者CAEはその好例で、設計者が自身の設計を検証するためにCAEを用いる場面が当たり前になりつつあります。これはCAEが設計空間上の複数の点をつないだ線で活用しているといえます。

この計算能力のさらなる向上がもたらしたものが、設計空間をあらかじめ探索し尽くすことです。

CAEソフトウェアの利便性向上

ハードウェアだけでなく、ソフトウェアの面でも進化を続けています。

例えば有限要素法においては、昔は要素に分割するメッシュ切りで職人芸が要求されました。それが今では自動メッシュでも実用上は問題がなくなってきています。また、大量のケースを連続的に解析する機能が多くのCAEソフトに実装され、夜間土日にオペレーターが介在しなくても結果を得られるようになりました。

設計空間を効率的に尽くすために必要な実験計画法(Design of Experiments : DOE)や、その大量の結果から最適な数式を構築するにあたり、種々のアルゴリズムが開発されています。特に近年はAIの研究に関係からこれらの研究はさらに進展していて、その恩恵が受けられる状況にあります。

このようにハードウェア、ソフトウェアの両面からCAEで実験式を作る時代であるといえます。このような状況を踏まえ、設計者はCAEを上手く活用しながら、実験式を構築し、製品設計に役立てることが求められていく世界に移行していくことでしょう。

あらためて、設計式の価値

本稿では、CAEを用いた実験式の構築手法の有効性とその実施環境について述べました。そして、皆様の製品設計への適用可能性を提示しました。実地適用においては個々の会社や製品に応じた課題の程度は異なりますが、今までの経験上、ほとんどが解決可能だと考えています。

設計式の構築がもたらすメリットは、設計プロセスを効率化し、インプットとアウトプットに焦点を当てることができる点にあります。設計式を用いることで、設計要素が製品の他の要素とどのように相互作用するかを把握できるようになり、製品全体最適の解を見つけることができます。これはエンジニアが追求すべき付加価値であるといえましょう。

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