やんごとなきラブな日常よ続け
ゼミ教員が学生を美術館やらフランスやらといったキャンパスの外に連れ出してくれるタイプのチャーミングな方だった。
その理由が「文学は、経験したこと、本人が心から問題意識を持っていることしか向き合えない。だから教室を出て私とデートに行きましょう」とゼミ生たちに向かって語りかけていたの、社会人になった今思い返しても好きすぎた。
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されど、そんな大学生活は過ぎ去り、キャンパスから年嵩を増した我々は叩き出され、社会の荒波ににゃーんと鳴きながら揉まれて生きている。出来れば社会の荒波に揉まれるより、おっぱいを揉んで生きていきたい。揉まれるより揉まれろ。閑話休題。
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確かに。
仏文科教員子女の言説を我が俗世の経験談に当てはめて振り返ると、はたと膝を打つことがある。
一人暮らしするまで「帰りたくない寂しく夜」があるのを知らなかったし、心が引き千切れるような失恋をすらまで号泣するヒロインに感情移入できなかった。
経験したことがある描写には耽溺するように小説も映画にも共感できる。
最近は、「おはよう」という声を寝起きに聴ける幸せと、午前2時まで仕事をする心のひりつきと、友人のカフェに浸る午後の穏やかな時間を知りました。
やんごとなきラブな日常がこれからも続きますように。
いつも読んでくれてありがとう。Love
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