イラキーダ

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夏目花蓮(25) OL
祇園彰二(25) 花蓮の同僚
夏目萌音(33) 花蓮の姉
夏目紗英(5) 萌音の娘
夏目健太(3) 萌音の息子
太宰菜緒(25) 花蓮の同僚

ドラマのテーマ
愛する人には自分の気持をすぐに伝えなさい。でないと、後悔することになる。

○オフィス・中(夜)
   おしゃれな事務所に20名程の営業部員が机で仕事中。
   仕事中の夏目花蓮(25)の前に山積みの書類。肘が当たり崩れる。
     祇園彰二(25)が隣の席から、
祇園「おい、邪魔だよ」
花蓮「仕方ないでしょ。置くとこないんだから」
祇園「大体何の資料だよ」
花蓮「今期の外注費の精算。見積りと請求額が合わなくて計算し直し(時計を見て)あぁもう7時じゃん、絶対終わんない」
祇園「お前がトロいからだよ。てか、別に良いだろ? どうせ予定もないく せに」
花蓮「失敬ね。ありますー。今日はちゃんとダーリンとデートですー」
     祇園、電話をかける。
祇園「あ、俺、悪ぃ、急な仕事入ってさ。先はじめといて。うん、じゃ」
   祇園、電話を切り、書類を取る。
花蓮「え?」
祇園「俺に見惚れる暇あったら手動かせ。デートだろ? ちゃちゃっと終わ   らせるぞ」
花蓮「う、うん。ありがとう」
祇園「明日来てまたこんなだと、仕事にならないからな」
     花蓮と祇園、作業を始める。
     壁の時計が8時になる。
     太宰菜緒(25)が来る。
菜緒「花蓮、まだぁ? 早く行こうよ」
   花蓮、しーっとして祇園を見る。
     祇園、作業しながら、
祇園「なるほど、デートね」
花蓮「何も、相手が男とは言ってないでしょ」
     祇園、ふーん、と作業を続ける。
菜緒「あ、祇園くぅん、お疲れ様ですぅ」
祇園「おつかれさま」
菜緒「花蓮が邪魔してませんかぁ? (花蓮に)夏目さん、祇園君の邪魔して ないで、早く行きますよ」
花蓮「菜緒、違うの」
     祇園、作業しながらシッシッと。
花蓮「絶対何かで返すから、ごめん」

○居酒屋・中(夜)
   食事、酒を楽しむ花蓮と菜緒。
菜緒「花蓮はなんで彼氏できないの?」
花蓮「私が聞きたいよ」
菜緒「見た目もまぁまぁだし、仕事もできるのに、本当不思議」
花蓮「いっつも男運が悪いんだよね」
菜緒「運のせいにしだすとこの話し迷宮入りするよ。自分で謎を解くのよ、じっちゃんの名にかけて」
花蓮「大体普段から私ツイてないもん。カレーうどん食べる時に限って白いシャツ来てるしさ、お気に入りのパンツ履いてる時に限って生理始まるしさ」
菜緒「それ、単なる不注意だから。花蓮はツイてないんじゃなくて、鈍感なんだよ」
花蓮「あ、バカにしないで、感度はなかなかだって言われるからね」
菜緒「やめろ、シーモネーター」
花蓮「ターミネーターみたいに言わないで」
菜緒「アンタ、男が送ってくるラブラブ光線受信しないでしょ」
花蓮「失礼ね。バリ3で待機してるわよ」
菜緒「してない。ブレーキランプ5回点滅されても、ヘルメット5回ぶつけられても絶対気づかないタイプだもん」
花蓮「何それ? 気づくわよ。危ないなとか、痛いな、とか」
菜緒「そういうとこです」
花蓮「何よ、偉そうに。自分だって彼氏いないじゃない」
菜緒「なるほど。本格的にやる気ですな」
花蓮「やってやろうじゃない」
花蓮と菜緒、睨み合って笑いだし、
菜緒「私達、いつまでこんなことやってるんだろ」
花蓮「今の所終わりは見えないね」
菜緒「好きな人もいないの?」
花蓮「別にぃ」
菜緒「女優の舞台挨拶みたいに言ってる場合じゃないってば。祇園君とかどうなの?」
花蓮「(動揺して)あ、あれはダメだよ。口悪いし、いっつも喧嘩売ってくるし」
菜緒「あれ? あれ、あれ?」
花蓮「何? どうしたの急に」
菜緒「花蓮、あんた祇園君のこと好きでしょ」
花蓮「そ、そ、そんなことないわよ」
菜緒「はい、はい。で? 気持ちは伝えたの?」
   首を振る花蓮。
菜緒「何をダラダラしてんのよ? パッと言っちゃいなさいよ。高校生じゃあるまいし」
花蓮「そんな簡単にいわないでよ」
菜緒「ダラダラしてると、祇園君、他の女にとられちゃうよ?」
花蓮「……それはそうなんだけど」
菜緒「好きって言って目を見つめればいいんだよ」
花蓮「だからそんなに簡単じゃないんだって」
菜緒「もし、今日死んだらどうすんの? 悔やんでも悔やみきれないよ」
花蓮「その時は死んだことへの後悔の方が大きい気がする」
菜緒「言い訳ばっかり」
花蓮「私は、あなたと違って繊細なの! 何とも思ってない人に愛してるって言うよりも、好きな人にたった一言、おはようって言う方が難しいこの気持わかんない?」
菜緒「わかんない、だったらもう押し倒しちゃえば?」
花蓮「バカなこと言わないで」
菜緒「今日のお礼にって言って祇園君を呼び出して、早く気持ちを伝えなさい。いいわね?」
花蓮「……うん」

* ○ 道・外(夜)
   早足で歩く花蓮
花蓮「ヤバい、ヤバい、大遅刻。せっかく祇園君呼び出したのに」
   時計を見る花蓮、20時。
花蓮「今日は絶対言わなくちゃ。一応メールしとくか」
   信号で立ち止まり、メールを打ち始める花蓮。
   ブレーキ音。
   音の方を向く花蓮。
   花蓮の顔がライトで照らされる
   クラッシュ音。

○病院・個室・中(朝)
   目覚める花蓮。ベッドに寝ている。
   ベッドの横で座って居眠る祇園
   え?と周りを見回す花蓮
   祇園、目を覚まし、
祇園「花蓮! 気がついたか?」
花蓮「祇園君、どうしてここに? てか、私どうしたの?」
祇園「お前が遅いから見に行ったら倒れてたんだよ」
花蓮「事故にあったの?」
祇園「あぁ。意識がなかったんだぞ」
花蓮「祇園くん、ずっと傍にいてくれたの?」
祇園「放っては帰れねぇだろ? 大事にならなくてよかったよ。じゃ、俺会社行くわ。あ、昨日の分、退院したら改めておごれよ」
   去りかける祇園の背に、
花蓮「あ、祇園君」
   振り向く祇園。
祇園「何?」
花蓮「私、祇園君のことが好きなの」
祇園「……」
   見つめ合う花蓮と祇園。
祇園「何?」
花蓮「だから、祇園君のことが好きだって」
祇園「ちょっと言ってることわかんない。どうした?」
   戸惑う花蓮。
   X  X  X
   ベッドの上でスマホで調べる花蓮。
   「すき」と打つが、「犂」や「隙」や「数寄屋橋」などの予測。
   スマホをいじって唖然とする花蓮。
   「いとしい」、「あい」、「西野カナ」、「松崎しげる」などすべて

   変換されない。
花蓮「どういうこと?」
   病室のドアが開く。
   夏目萌音(33)が夏目紗英(5)と夏目健太(3)を連れて入ってくる。
萌音「花蓮、大丈夫?」
花蓮「お姉ちゃん」
   X  X  X
   ベッドの横に座っている萌音。
   おもちゃで遊んでいる紗英と健太。
萌音「そう、大変だったね」
花蓮「他人事みたいに言わないで。この世から好きって言葉がなくなったのよ。 ラブソングも全部なくなってるの」
萌音「何それ? 花蓮、もう少し眠った方が良いんじゃ」
花蓮「違うんだってば」
   喧嘩を始める紗英と健太
萌音「やめなさい! ふたりとも」
健太「お姉ちゃんがおもちゃ返してくれない」
萌音「紗英!」
   自分の頭を撫でる萌音。
   萌音を見て、自分の頭を撫でる紗英。
萌音「イラキーダ」
紗英「イラキーダ」
   おもちゃを健太に返す紗英。
   萌音、花蓮の方に向き直り、
萌音「で? なんだっけ?」
花蓮「いやいや、何? 今の?」
萌音「あぁ、私と紗英の秘密の合言葉よ」
花蓮「合言葉」
萌音「紗英ね、健太が生まれてしばらくしてからヤキモチを妬くようになったのよ。ま、でも私も長女だから、なんとなく気持ちわかるんだ」
萌音「え? 私の記憶はみんなお姉ちゃんばっかり可愛がってたけど」
萌音「長女はね、意外に色々我慢してるのよ。でね、ママ友に相談したら、二人にしかわからない合言葉を決めるといいって言われてね。あなたのことをちゃんと見てるわよってわかるようにね」
花蓮「え、その人天才じゃん。へぇ、で、イラキーダって何? 最近のアニメ?」
萌音「あぁ、それね、イラキーダじゃなくて、イ・ラ・キ・イ・ダよ。大嫌いの反対ってこと。あ、お母さんには言っちゃだめよ。あの人絶対意味ないところで乱発するから。効果がなくなっちゃう」
萌音「確かに。それはマズイ。へぇ、そうか、イ・ラ・キ・イ・ダねぇ」

○レストラン・中
   向かい合って座っている祇園と花蓮。
祇園「良かったな。早く退院できて」
花蓮「ありがとう。ごめんね、色々心配かけて」
   乾杯する祇園と花蓮。
祇園「本当だよ」
花蓮「今日はね、祇園君に伝えたいことがあるの」
祇園「何だよ?改まって」
花蓮「えっと、この間までね、この世界には自分の気持を伝える言葉があってね、でもなくなっちゃったの」
祇園「あ、そういえば、この間なにか言ってたね」
花蓮「そう、それまでは好き、とかアイシテルとか言って伝えることができたんだけど、わかんないよね?」
祇園「悪ぃ」
花蓮「いいの。ちゃんと気持ちを伝えなかった私が悪いんだから。」
祇園「気持ち?」
花蓮「うん、祇園くん。私ね、あなたのことがイラキイダ」
祇園「イラキーダ?」
花蓮「イラキイダよ。お姉ちゃんが、娘と気持ちを伝え合う時に使ってる言葉なの」
祇園「余計わかんないよ」
花蓮「大嫌いを逆から読んで、その反対ってこと」
祇園「……」
花蓮「やっぱり、伝わんないか」
祇園「そっか、そう言えば良かったのか」
花蓮「え?」
祇園「俺も、花蓮に伝えたい気持ちがあって、どうやって伝えようか悩んでたんだ。で、いっぱい考えて、はい、これ」
   祇園、包装された小さな箱を渡す。
   花蓮、受け取り、
花蓮「何? これ?」
祇園「開けてみろよ」
   包装を開ける花蓮、中から口紅が出てくる。
花蓮「リップ?」
祇園「花蓮、俺も同じ気持ちだよ」
花蓮「祇園君……」
祇園「俺にはこれしか思いつかなくてな」
花蓮「ありがとう。ん? でも、なんでリップ?」
祇園「いや……、少しずつ返してくれよなって……」
花蓮「……」
祇園「やっぱ、わかりにくいか。わかんねぇよな」
   花蓮、首を振って祇園を見つめ、
花蓮「ちゃんと伝わるよ」
祇園「そうか?」
花蓮「でもね」
祇園「?」
花蓮「そこはね」
   花蓮、身を乗り出して、指でちょいちょいと祇園を呼ぶ。
   顔を近づける祇園。
花蓮「キスしたいって言えば伝わるよ」
祇園「あ!」
   唇が重なり合う花蓮と祇園。
(終わり)


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