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 国際連合特別会の会期中、キャシーはずっとホテルにいる。
 外交官上がりの彼女は3年前にフジオと婚姻関係を結んだ。キャシーは世界中のあらゆる会議に出席するフジオに帯同して、あらゆるホテルで一日の全てを過ごす。
 朝、フジオが起床すると、リヒテンシュタインの硬水が入れらているフィンランドのデザイナーがつくった水差しから、国連グラスに水を注ぐ。フジオはキャシーがリヒテンシュタインの硬水を国連グラスに注いでいる様子を見ながら、ありがとう、とキャシーに言う。テラスの向こうに見える太陽と、自分の両目の間に、国連グラスに注がれた水を持ち上げる。太陽の光が国連グラスを通して屈折して、室内の壁や床や天井に反射する。光は人間の目で見ると白に見えるが、実際は無限にある色が混ざり合って出来ている。希望というものを光として表すとしたら、希望もそういうものだろう。
 キャシーはカナダのモントリオール出身で、フジオとはアメリカのニューオリンズの低質なバーで出会った。糞みたいなバンドが糞みたいな音楽を演奏していて、糞みたいな客が糞みたいに楽しんでいる場所で、キャシーはフジオに出会った。
 27歳のフジオはニューオリンズで行われていたある会議に出席していて、現地の要人と共にプレザヴェイションホールで20世紀前半の古臭いジャズの演奏を糞みたいにぎゅうぎゅう詰めの糞みたいな観光客と一緒に糞みたいな酒を飲みながら、日本の演歌みたいなものだろうな、と考えながら聴いてから、現地の要人と別れて、現代的な低質なバーに行った。

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