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 低質なバーでジントニックを注文すると、若いね、ID見せて、とバーカウンターの向こう側にいるコーカソイド系の金髪のおねえちゃんに言われた。モンゴロイドの中でも一際幼く見えるフジオは、海外、特に欧米では、大抵実年齢より10歳くらい若いと言われる。フジオは黒の麻で出来た小さなショルダーバッグの中からパスポートを取り出して、金髪のおねえちゃんに渡した。金髪のおねえちゃんはパスポートの表紙を捲り、パスポートに映っているフジオの写真と、フジオの顔をつまらなそうに二往復してから、表紙を閉じ、フジオに返して、レジスターのキャッシュドロアを乱雑に開きながら、10ドルねー、と言った。金髪のおねえちゃんは、フジオからハドソン川でピストルの撃ち合いをして49で死んだアメリカ合衆国の初代財務長官の顔が印刷された10ドル札を受け取り、グラスに氷を放り込み、ビーフィータージンをどぼどぼと注いで、ウィルキンソンをぐしゃぐしゃに注いで、意識的に目を細め、口角を上げて、楽しんでねー、と言ってフジオに渡した。
 バーカウンターの反対側で糞みたいなバンドがジャニス・ジョプリンみたいな1960年代みたいな音楽を演奏している。ボーカルはネグロイド系の女で、ラメが鏤められたタイトなミニワンピースを着ている。ネグロイド特有の盛り上がった大腿四頭筋がワンピースを通しても分かる。ボーカルの女が歌っている声を聞いて、ネグロイドの声質は神が彼/彼女らに与えた呪いのようだな、とフジオは思った。コーカソイドがアフリカ大陸に上陸する以前から、ネグロイドはその呪いの声によって自然界/超自然界と交信をしていた。ネグロイドが奴隷として大陸を渡るとき、ネグロイドの声は文字通りコーカソイドを呪った。それからおよそ400年が経ち、呪いの声は姿を変えポップミュージックとして昇華されているが、その根源にあるものは呪いだ。残忍な事象は時に強烈な正のエネルギーを生み、呪い、並行して祝福を生み出す。ボーカルの女はマイクロフォンを強く握りしめ、妖艶な表情で腰を振り、呪いの声を生み出し、ドラムスの空気振動とギターストリングスの空気振動とベースギターの空気振動に混ざり合って、低質なバーの空気の振動を大きなグルーヴに変えてゆく。呪いは即ち同時に祝福だ。

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