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金曜日の朝に

古い銀杏の樹がたくさんの黄葉を散らすキャンパス
ぼくたちは敗北のゲームをふりかえるみたいに
とぼとぼと教授の部屋に向かう
やることなすことすべてが溜め息になる
冬の空にとけてしまう金曜日の朝

忠犬八と老教授の銅像を左手に
古ぼけた建物
暗い階段と迷路のような廊下を通ってノックする
途方もない数の本と資料に囲まれて
しずかな部屋で初老の秘書にうながされて
ぼくは仲間たちと椅子に座り
教授と話を始める

ちかごろの学生は数学をちゃんとやらないからねえ
うつろな先生の呟き
聞こえたような聞こえないような
小犬のようにそわそわしているぼくたちは
うわのそらに
知っている本の背表紙たち
目を泳がせてみるだけ
答えが出ちゃえば終わってしまう
数学のそのさきが知りたいぼく

いまここにきみがいたら
陽気な調子で
あ、この本知ってますと声をあげるのに
いまここにきみがいたら
怖そうな先生に
ぼくの拙い考えを一所懸命に伝えるのに
窓の外は無表情な鳥たちの影だけが揺れる
きみはここにはいない
ぼくは仲間たちといっしょに
パイプ椅子にちいさくなっていく

いかめしい正門をあとにして
銀杏の葉っぱたちに別れをつげて
大学の門前蕎麦屋に
仲間は温かいけんちん蕎麦、すき焼きうどん
ぼくも温かい天麩羅蕎麦
冷たい面談のあとに求められているのは温度
ぼくは日記のような詩のなかで
きみに会いたくなっていた
よるべない地下鉄通路をとぼとぼ歩く
イヤホンには若いグループの歌
ハードな内容を甘い声で熱唱している
ぼくの詩も
悲鳴のような地下鉄の走行音を
優しく抱いてあげる響きを持ちたい
きみに会いたい冬の響を

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