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その映画館は...

昔ながらの建物で、座席の配列もいわゆる昔の劇場てきなもので、端のほうにいくにつれ緩やかにラウンドしてステージを取り囲むようになっている。

通路も無駄に広く作られていて、柵もなにもないので、夏休みで東映まんがまつりなどが上映される時期には子どもたちが駆け回っていたんだろうと想像がつく。
そんな懐かしさに誘われて僕らはどんなものが上映されているのかもあまり調べずに足を踏み入れた。

というのも、ここで今夜催されるものは知人が制作に関わった作品のプレビューで、どうしても僕に観てほしいらしく、もともと予定していたともだちとの夕食まえにそのともだちと一緒に義理を果たしに来たのだが、最後の最後まで悩んでいた。

強引な招待のわりには席の割当ても事前にされておらず、座席付近の案内がかりがその場で振り分けていくスタイル。かなり大きな劇場にも関わらず混雑していて、僕と友人は離れて座ることになってしまい、言われるままに席についた。
ほとんどの席が埋まっているがまだ灯りは暗くなっておらず様々な業界から呼ばれたゲストで賑わい、なかにはSNSなどでよく見る著名人の顔もあった。

席についてスマホの電源を切るまえにいくつか確認しようと手にとった直後に右斜前から生理的に無理な女性の甲高い声が響いた。

「ちょっと!ここ私の席なんだけど」

こちらに向かって投げられた言葉だとは思いたくなかったが、どう考えてもそうでしかなかった。瞬時に、人生を振り返ってみて過去にこういう理不尽で、自分の落ち度が10%以下のことで文句を言われたりトラブルに巻き込まれたことは一度や二度ではなく、なんなら世間の平均よりは遥かに多いと感じいていることを思い出した。

「いや、あそこにいる案内係の女性にここが僕の席だと言われたんですけど?」

指差してみるもそこには誰もおらず、非常口と書かれた緑の光る案内灯が煌々と浮かんでいるだけ。場内は意外にもこちらには無関心で各々上映前の時間をすごしている。

中年女性は間髪を入れず続ける。

「はぁ?案内係?映画館の場内に案内係がいるわけないっしょ、チケット見せなさいよ、あんた頭おかしいんじゃないの?」

内容よりも言い方と語尾に吐き気がする。
その間たった数秒しか経っていないにも関わらず、この騒動を聞きつけた劇場スタッフが数名とんで来て女性をたしなめつつも事実の確認はすっとばして僕にこういった。

「あなたのやっていることは違法ですよ、ここではそんなこと通用しない」

意味も不明だけど言い方にも流石に頭にきた。

「は?違法ってどういうことですか?、知人に頼まれて来た試写会で、席を仮に間違ったとしてもそれのどこが違法?」

狐につままれたような、とはこういうときのための表現なのか、

「とにかく拉致があかない、もう警察呼んでますからどこにも行かないでください」

言い終える前に他のスタッフが僕の両腕を抱えて離さない。このあたりでやっと僕の席の周りの数名がざわつき始める。
そして距離にして10メートルくらい離れた席に座った友人が立ち上がってこちらを見、一体どういうことなんだ?と肩をすくめるポーズをする。

「いや、こっちに来てくれよ!」

「しっ、他のお客様の迷惑になるから大声ださないで」

餅をのどに詰まらせた老人のために急いでる救急車でもこんな速さでこないだろうと思うくらい警察が来たのは速かった。

「あんたか、騒ぎを起こしてるのは、ともかく署でゆっくり話聞くから」

つづく....


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