安馬が走るメカニズム - 血統編 -

「安馬」と一言で書いてしまうと、どこかその馬を馬鹿にしたような響きをどうしても含んでしまうのですが、「購買時の価格が安かった」という特徴は、別にその馬に欠点があるという話には即つながりません。

むしろ、欠点であるどころか長所であると言えるでしょう。特に、馬主にとってはこんなにありがたい個性はないとまで言っていいと思います。

馬の値段を決める要素はいくつかありますが、一般的に一番大きく影響するのは「血統」です。

リーディングサイヤーであるディープインパクトの子供達が高額で取引され、余り評価されていない種馬の子供達は安く取引される。当たり前の話ですね。

しかし、血統という要素に関しては、種付け時と仔馬が産まれてきてからでは、その捉え方を180度変える必要性があると私は思っています。

「生産時における配合はどうすればいいのか?」

答えは簡単で、

「リーディングの上位から種馬を見ていって、最初に予算内となった種付け料の種馬を、異常に濃いインブリードなど、特に配合面で問題がなければそれをつければいい」

これが正解です。

よくニアリークロスがどうだの、インブリードがどうだの、牝系がどうだの言ってる人がいますけど、はっきり言ってそんな要素は産まれてくる仔馬の能力を人の意思で左右できるほどには影響しません。

ニックスについても同様です。その父系同士の組み合わせで活躍馬が過去に多くでているのだから、その配合は有効だろうという指摘は一見もっともではありますが、サンデーサイレンス系と一言で言っても、今現在においてはもはや千差万別という他なく、例えばディープインパクトやハーツクライとカネヒキリ、ゴールドアリュールなんてのは全く別個の特徴をもった種牡馬です。

ただ、父似に出やすい配合、母似にでやすい配合や個体の相性、その種馬にあう繁殖牝馬の個性といった要素はあると思います。

また、馬体の欠点を補う配合、小柄な種馬や初仔となる場合は大きな仔馬を産む繁殖につけるなどもほぼ関係ありません。産まれてくる仔馬の形や大きさなんて、そんな事では調整できませんよ。

というのは、血統の本質は一定の形を持った物体のようなもので、産まれてくる仔馬は、その物体に光をあてて出来た影のようなものだと思うからです。

とあるTV番組で、社台スタリオンステーションの細田直祐氏が、

「ディープインパクトとブラックタイド、オルフェーブルとドリームジャーニーなど全兄弟でも全く別の個性をもった馬が産まれてくる。これは血統論では説明できない。」

と、述べておられましたが、前述した概念をもってすれば、簡単に説明できます。

例えば、サンデーサイレンスとウィンドインハーヘアという組み合わせの血統が、缶コーヒーであるとイメージしてください。

この物体に上から光をあてれば、その影の形は円になります。横から当てれば長方形となりますね。つまり全兄弟であっても、光の当たり方で違う個性をもった影ができるわけです。

また、血統によってはその形が球であるケースもあるでしょう。これはどの方向から光を当てても、その影は円となります。つまり、稀に全兄弟が全て似た個性を持つケースもありますけど、それはその血統がそういう形を元々もっているからという事になります。

そして、残念ながら今現在における人の科学力では、どの方向から光を当てるのかを自分の意思で決める事ができないのです。

イタリアの有名な馬産家であるフェデリコ・テシオは種付けする日の月齢まで気にしたそうですが、もしかすると彼ぐらいになるとこの光の当て方に何らかのノウハウを持っていたのかもしれませんけどね。

という事で長々と述べてきた上で、こう言ってしまうと身も蓋もないのですが、要するに生産は「ただの運」です。

良血馬であればあるほど、良い影ができやすいというだけ。

すなわち、「良い繁殖に良い種馬をつける」。俗に言うところの Best to Best の配合を心がけるしかありません。

そして、影が出来た段階、つまり仔馬が産まれてしまうと、もう元々の血統という形は関係ありません。単純に個体の問題となります。

良い血統からは良い馬が産まれてきやすい。イマイチの血統からは良い馬が産まれてきにくい。それは事実ですが、後者に関して言いますと、産まれてきにくいというだけで、実際に良い馬が産まれてきた場合は、もう単純にその馬は「良い馬」なのです。

そして、馬のセールにおいて、私のような選別者がすべきことは、良い馬を探す事。実にシンプルな話です。

むしろ実際の選別作業においては、血統に関して余り良くない方がいいですね。そういう馬は、やはり競合相手が少なくなりますから。

結局、馬の価値をどう見極めるかが全て。安く買えれば買えるほどラッキーである。ただそれだけの話だと思います。

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