大学生が大人になる②

2.尊さ
 社会人初日から大きな不安と寂しさを感じた私は、同時にとても大きく尊い相手の存在を再認識した。
 それは、家族である。

家族のために毎日仕事に励みもうすぐ定年を迎える親父。
めんどいことも嫌なこともあったろうに、毎日真面目にめちゃくちゃ早く出勤し、夜遅くに帰ってくる。
たまに仕事の愚痴なども発していたが、未熟なガキだった私は「そんな文句ばっかり言うなよ」と思ってしまっていた。
しかし、社会人になって父のことを考えると愚痴をこぼしたい気持ちもよくわかる。

辞めたい、泣きたい、もう嫌だ、そう思ったこともあったのではないだろうか。

そんな様子も全く見せず日々見せていた小柄な背中は、実は何にも勝る大きな背中であった。
そのことに気づかされたのである。

余談として、父は現在単身赴任で離れている。
愚者な私は、単身赴任で離れるまではあまり良い息子ではなかっただろう。
反抗期のときには、挨拶もしない。顔も見たくないと部屋に引きこもる。
「送り迎えするか?」という気遣いに、「うるさいな、いらないから」と突き放す始末。
ここには書けないような反抗もしたかもしれない。

単身赴任で離れてからは、タイミング的に私の心も大人になって父への尊敬の念を一気に大きくした。
一年に2回ほど単身赴任先に行き、飯を食い、車で観光に連れてってもらい、夜には酒を交わす仲である。
私の政治チャレンジの話もよく聞いてくれる。
親父なりの見解も教えてくれる。
まあ、いまだにたまに反抗をしてしまうわけだが、私にとっての父はすでに偉大な存在だった。

そして、社会人になって改めて気づく。
父の偉大さ。そして、言葉にしたら安っぽくなりそうなほどの感謝と今までのひどい態度の数々を詫びたくなった。
親父、今まで本当にありがとうね。もちろんこれからもよろしくするよ。そんでもって、色々とごめんね。これからは少しずつ俺からも返していけたら良いな。

どこかで、母親を“海”と表現しているのを見たことある。
生命の産む母親という存在を、生命の源=海に例えるのは普通のことかもしれない。
ただ、自分の母親を海と思えるかと言ったら、多くの人がNOと答えるのではないか。
少なくとも私はそう思っていた。
そして、その思いも変わる。

初日の勤務中、ふと私は思った。
「お袋に会いたい。」「お袋の飯を食べたい。」
「早く話聞いてほしい。」「連絡取りたい。」

母とは昔から仲が良い…といっても、普通の関係というべきか。
可もなく不可もなく。
挨拶はするし、プライベートの話もくだらない話もする。
休日は部屋に篭りっきりであったため一緒に出かけたりテレビを見ることはなかったが、「ありがたいな〜」と思える存在ではあった。
ただ、歳を重ねるごとに甘えることなんかなくなって、LINEも無視をしてしまうばかり。
「くだらない連絡しないで」「うるさい」と冷たくしてしまったり、素っ気ない態度や自分の不機嫌を抑えきれずに当たってしまうこともあった。
これが三月末までの私。

そんな私が、自分のめちゃくちゃ弱い心に乗って、奥底の“母への愛“が吹き上がったようだった。
自分としても正直驚いている。
「俺ってこんなに甘えん坊だったんだ」「お袋いないと泣いてたな」「俺もマザコンだったんだ」
そんなことを自覚した。

母親に甘えるということをカッコ悪いだとか子供だと思っていたふしがあったのかもしれない。
ただ、今この瞬間、自分の奥底の弱さを自覚した私は、母の存在の大きさを胸はって言い切れるし、これからも頼りにしたいと思っている。

出勤が早い私の早起きに合わせて起きてくれたり、
どうしょうもない自信喪失話をとにかく聞いてくれたり、
私を肯定してくれたり、
ぬいぐるみで構ってくれたり。(私も母も実はぬいぐるみが好き)

いつも味方でいてくれて、こんな息子のために尽くしてくれて、ありがとう。
素直な自分と向き合って、母の強さに甘えつつ、お袋が安心してくれるぐらいに成長します。
これからもよろしくね。本当に感謝でいっぱいです。ありがとう。

実は凄く家族思いで、生意気な弟のことも気にかけてくれる姉。
私が「一人暮らしをしたい」といったら、「まだ辞めておきな」とアドバイスをくれた姉貴に「しない選択肢はないから」と言って突き放してしまった。
しかし、社会人になってすぐ家族が恋しくなって気づかされた。
今の私じゃ一人暮らしは絶対できなかった。

姉貴は社会人になってすぐ一人暮らしを始めた。
家族にもなかなか会えない距離。
最初の研修は厳しかったようで、いつもクールな姉貴が珍しく嘆いてお袋に連絡をしていた。
たぶん。姉貴と同じ経験をしていたらガッツリ泣いていた気がする。

姉貴はすごい。自分にストイック。負けず嫌い。
全く敵わない。

まだ姉貴が実家にいた頃は、なかなか口を聞かなかった。
むしろ喧嘩をするか、空気のような存在だったかもしれない。
今では仲良しだ。大学一年のときには、まだまだ低い給料の中でbeatsのヘッドフォンを買ってくれた。帰り道には一緒に立ち食いうどんを食べ、その日の夜はバイト先にご飯を食べに来てくれた。
親父の実家に行くとき、朝早く一緒に家を出て向かったこともある。
「こんなふうに並んで出かけるようになるとはね」と笑い合った。
姉貴が実家に帰ってくると、夜な夜な襖越しでいろんな話をするようにもなった。
学問の話、政治の話、家族の話、思い出話、くだらない話。
一緒にゲーム機を覗くようにもなった。
姉貴が結婚したとき、本当に嬉しかったし、幸せそうな話を聞けば聞くほど私も元気になる。

姉への尊敬の念も非常に強まった。
姉貴。俺もついに社会人になったよ。でも、心はまだガキンチョだったわ。
まだまだ成長のしがいがあるね。見ててね。

ほかにも、祖父にも祖母にも義兄さんへの尊敬が一日でめちゃくちゃ強くなった。
戦後の厳しい環境の中ずっと働き続け、小さい頃から私たち孫のことを面倒見てくれた祖父母。
今になって聞く祖父母の昔話は、2人の人柄の良さや真面目さを再認識できるものばかりで、本当に尊敬です。

毎日家で私の帰りを待ってくれる祖父母だけじゃなくて、天国で見守ってくれている祖父母にも私の立派な姿を見せたいな。
またお墓参りにいって、この姿見せるからね。

義兄さんは、私が全面的に憧れる存在。
この一言が全てを説明できる。

社会人になって、改めて家族の尊さと大切さに気づいた私は、ようやく大人への一歩を踏み出せる気がする。

エーリッヒ・フロム著『愛するということ』=『The Art of Loving』

直訳は「愛の技術」

自分を愛し、家族を愛するという最も基本的であり、技術を伴うこの概念を、

私は22歳にして、ようやく“愛”を確信した。