「NUDE 」 その1 - 女性のフォルムと動きの美しさを一枚の写真で表現する試み
10年前に制作した「NUDE 」という作品があります。
今年、初めて日本のギャラリーで発表する機会を得ました。
Shinichi Maruyama "Photographs 2006-2021"
Blitz Gallery 2023/5/11-7/30
改めて、この作品を紹介したいと思います。
女性は美しいですよね。
その姿と動きの美しさを一枚の写真に収めようとしたのがこの作品です。
「NUDE 」は長時間露光で撮影されたとよく勘違いされますが、実は一瞬を捉えた多数の写真を合わせることによって構成されています。
時は何となく流れているものだと感じますが、実は一瞬一瞬の連続によって成り立っている。そんなことも考えながら制作しました。
連続写真 / クロノフォトグラフィー
連続した動きを一枚の写真や一つの彫刻で表現することは、これまでにも多くのアーティストが試みてきました。
私たちに影響を与えたのは、なんと言ってもMareyとMuybridgeの一連の仕事でしょう。
クロノフォトグラフィーとは、時間の経過に沿って動きを捉えた一連の写真を用いて、動体の動きを視覚的に解析する技術です。
ギリシャ語のχρόνος chrónos 「時間」と写真を組み合わせた言葉で、Mareyによって作られました。
Eadweard Muybridge
これは、Eadweard Muybridgeによる、映画の基礎を築いたと言われる有名な写真です。
アメリカの大富豪で競走馬のオーナーでもあったLeland Stanfordは、馬が走るときに4本の脚全てが地面から離れる瞬間があるかどうかに関心を持っていました。それを証明するために、Muybridgeにこの撮影を依頼したそうです。
今では簡単ですが、たしかにカメラを使わないと、肉眼で高速な動きを正確に捉えることは相当難しいですよね。当時の画家の走る馬の描写は間違ったモノが多かったようです。
その点、葛飾北斎の神奈川沖浪裏の波はすごいです。現在撮影された写真と比べても実に写実的。洞察力が素晴らしい。
Muybridgeは数年かけて、以下の開発をしました。
・より感度の高い写真乳剤
・高速な機械シャッター 1/1,000秒~1/6,000秒
・電気式トリガー
最終的には12台のカメラを設置して、電磁回路に接続されたワイヤーに馬が引っかかると自動的にシャッターが切れるシステムを作り、この写真を完成させました。
結果、走る馬の足は4足ともある瞬間に地面から離れていることが証明されました。
私は大学で写真化学を専攻したくらい写真技術が好きなのでこの辺の開発話も興味津々です。このシステムの概要は以下のサイトで詳しく知ることができます。
Muybridgeは人間としてもかなり興味深い。
駅馬車事故で脳の前頭葉皮質に損傷をおったことがあり、そのためか奇抜な行動も多く、馬の撮影をしていた時期には、なんと妻の愛人を殺害して亡命生活までしています。
後年、スタンフォード氏に、芸術家としてではなく、雇われ写真家のような扱いを受け、自分の名誉のために裁判で訴えたりもしました。
スゴすぎます。
Leland Stanford
ちなみに、この依頼主であるスタンフォード氏は、若くして亡くなった彼の一人息子を偲んで、あのスタンフォード大学を設立しました。馬の写真も、現在のスタンフォード大学の敷地にあった馬の育種農場で撮影されています。この大学が「the farm」というニックネームで呼ばれるのは、これが由来のようです。スタンフォード氏は、アート、科学、IT産業においても後世に多大な影響を与えており、これはさらにすごいことですね。
Étienne-Jules Marey
そしてもう一人連続写真で有名なのがフランスの科学者、生物学者のMarey。
彼は芸術的観点というよりは、解剖学と生理学の研究のために人物、動物や鳥の連続写真を撮影しています。
Muybridgeとは違い、一枚の写真の中に一連の動きを収めています。
ハイスピードカメラ
Muybridgeは馬の撮影で複数のカメラを使用しましたが、Mareyは1台で連続撮影のできるクロノフォトグラフ銃を1882年に開発しました。これはカメラとしてはかなりかっこいいですね。
性能としては、1秒間に12枚撮影できます。12 fps.
英語で映画を撮影することを「狙いを定めて、何かを進行させる」ことを意味して拳銃を撃つと同じ言葉"shooting"が使われます。
私はこのカメラ(銃)がshootingの由来なんじゃないかと思っています。
その後ハイスピードカメラの開発は進んでいろいろなカメラが販売されましたが、短い時間に大量のフィルムを消費するためコストは非常にかかりました。
映画や広告で使われる場合は、クオリティー的にもコスト的にも一秒間に300枚くらいが現実的でした。300 fps
そして2010年、Phantom Frex 2Kというハイスピードデジタルカメラがアメリカのビジョンリサーチという会社から販売されました。
2,560 x 1,440 pixの画質で1秒間に約1,000枚のイメージを捉えることができます。1,000 fp
このカメラを使用して、NY在住の振付師Jessica Langさんと映像作品を制作したことがあります。
ひとつの空間、違う時空で、2人のダンサーが一緒に踊るという作品です。
その編集作業をしていたときに「NUDE」のアイディアが浮かびました。
1秒間に1,000枚写真が撮れるなら、Mareyとは違った写真表現ができるのではないか。
早速Mareyと同じように一つの画面に多数の画像を入れてみました。
さすがに100年以上経っているので、技術の進歩は素晴らしい。イメージとイメージの間隔が非常に狭くなっています。
左のダンサーは通常の時空で、右のダンサーはゆっくりとした時空の中で踊っています。(もしくは早い時空の中なので動きがゆっくりにみえるのか)
形と動きの両方の美しさを表現できる可能性を感じてNUDEの制作を開始しました。
しかし、ここから作品が完成するまでには、さらに1年以上かかります。
続く。
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