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ママはきっとバター味


 私のママはとっても料理上手。私はママの料理が大好き。どうしてそんなに上手に作れるの? と尋ねても、そんなのテキトーよ!と大した返事は返って来ない。でもある時ふと思い出したように言った。

「一つ言うとしたらバターかな」


🍞フレンチトースト

 学校が休みの日の朝、私はうんと朝寝坊する。すると台所から良い匂いが漂って来るんだ。それを確かめてワクワクして目を覚ます。パジャマのまま台所に行くと、ママがコンロの方を向いて料理をしているのがわかる。背中に垂れたポニーテールが揺れる。

「おはよう。そろそろ起きて来る頃だと思った」

 ママは真っ白なお皿の上にポンっと綺麗にそれを載せる。

 朝の光にキラキラと、黄色いパンの表面が光る。私は堪らず息を大きく吸い込む。朝の爽やかさと、甘い匂いを胸いっぱいに吸い込んで、食卓につく。ナイフとフォークが準備されるけど、ナイフなんて殆ど要らない。ふわふわに焼き上げられた食パンは半分に切られ、フォークとナイフで押さえ付けるだけで切れてしまう。それぐらい柔らかい。

「いただきます」

 噛むとじゅわっと甘さと、つい微笑みが広がる。一晩染み込んだ卵と牛乳がこの時を待っていたかのように、一気に溶け出して、バターと絡まる。焼く時にはたっぷりのバターを使う。それが外はカリッと中はふわふわの秘訣。月並みだけどね。ママはそう言うけど、私は前の日の夜にバッドに漬け込まれている食パンを見てワクワクするのも忘れない。朝料理する時間があるからと、ママは前日の夜から朝ごはんの支度をしてくれて、それもきっと美味しさの秘訣。そっちの方が格段に味が染みっ染みになる。だけど一つ気になることがある。

「バター高くない?」

「あんた達が喜んでくれるなら安いもんよ」

 ママはそう言ってちゃっちゃと洗い物を片付けてしまう。毎日休みの日なら良いのに。それだったらママと一緒にいられるしフレンチトーストも食べられる。ママは平日仕事だしそれ以外でもふらりと何処かに行ってしまう。だからフレンチトーストが冷蔵庫にある夜はとても幸せで、うんと朝寝坊してしまう。朝起きてもママがいないなんてことはなくて、優しい朝の光と甘い匂いが寝ぼすけを迎えてくれる。私はバターに感謝する。



ママ直伝❤️ フレンチトーストのレシピ

材料:食パン2枚、卵1個、牛乳テキトー(パンが浸るまで)、砂糖大さじ2か3、バターたっぷり

作り方:

①卵と牛乳と砂糖を混ぜて卵液を作り、バッドに入れる。食パンを縦半分に切ってその中に漬け、ラップをして冷蔵庫で一晩寝かせる。思い出した時に(子ども達がお風呂入ってる時とか)上下を裏返して漬け込む。

②寝る前のお話をして子ども達を寝かせる。大体オチを言う前に皆寝てしまう。

③子ども達の寝顔が可愛くって、もう少し眠ってたいな、と思いつつ起きてフライパンを温める。たっぷりのバターを落として広げ、食パンを置く。

④弱火で蓋をして焼き、焼き目が付いたら裏返して同じように焼く。じっくり焼くのがポイント。

⑤お皿に乗せてお好みでシナモンを。これ何の匂い?と聞かれたらママの匂いだよと答える。


🥗ポテトサラダ

 ママは作り置きもよくする。そうすれば仕事で忙しい中台所に立たなくても済むし、ママがいない時も子ども達が勝手に冷蔵庫の中から摘んで食べられる。その中でも一番好きなんだけど一番手がかかるのがポテトサラダ。じゃがいもの皮を剥いて茹でて潰してだけでも大変なのに、ママはそれをとっても美味しく、しかも大きなタッパー1個分くらい作れるから天才だ。

「でもどうしてバターを入れるの?」

「味が濃厚になるのよ、食べてみて」

 そう言ってバターを入れる前と後のを食べ比べさせてもらったことがあるけれども、確かに。バターが入ることでマヨネーズの脂と絡まってより一層深い味わいがする。じゃがいもともったりと絡まって、舌が蕩けそう。とっても好きな味だ。そう言えば他によく作り置きしてくれる鮭のムニエルも、チーズオムレツもバターをたっぷりと使っているから味が濃くって美味しいのだろうか。作ってから時間が経つと料理の味は薄れるはずだけれど、ママの作り置きはそんなことない。私はママがいない時もレンジでチンして、美味しいご飯が食べられるから幸せだ。本当はママと一緒に食べられたら良いのだけれど、ママは仕事に、他のお家にって忙しいし、そんなわがまま言っちゃいけない。私もママがいなくてもママみたいにご飯を作れるように、作り置きを一緒に作ってポテトサラダの味見をする。作り立てのポテトサラダはやっぱり美味しい。スプーンで掬ってくれるのも、美味しいって言うと笑顔になるのも、とっても嬉しい。


ママ直伝❤️ ポテトサラダの作り方

材料:じゃがいも3個以上、きゅうり1本、玉ねぎ半分、ツナ缶、マヨネーズ、バター、お好みで塩胡椒

① じゃがいもの皮を剥いて芽を取る。芽には毒があるから食べられないんだよと教えることも忘れない。

② じゃがいもを茹でる。お湯を沸かすのは面倒臭いからラップに包んでレンジで5、6分チンする。取り出す時は熱いから気を付ける。子どもにはやらせない方が良い。

③ きゅうりと玉ねぎをスライサーでスライスして塩揉みして数分置く。手でギュッと絞って水気を切る。小さいおててだったら充分に絞り切れないみたいなので注意する。

④ ツナ缶の油を切って②に入れる。ツナマヨおにぎりは子ども達の大好物だから、ポテトサラダにも入れると喜んでくれる。秋にある遠足のお弁当も作れたら良いな。

⑤ じゃがいもが熱いうちにたっぷりのバターを入れて溶かす。バターは有塩で。

⑥ マヨネーズで和えて、味見をする。可愛い味見団員が美味しい美味しいと言って食べてくれるので、頭を撫でる。


🍳オムライス

 家に帰ると食卓の上にこんもりと黄色い山が出来ていた。私はそこにいつもケチャップで絵や文字を書くのだが、その日はなんて書いたのかは覚えていない。6月の昼過ぎの柔らかい光が差し込んで、風がふっと吹いた。ケチャップと焼いた卵の匂いが漂った。手に持った賞状を机の上に置いて食卓に座った。ラップをされた白い大皿はまだ温かい。

 けれどもママはいなかった。知っている。わかりきったことだった。

「ママ、パパとリコン、することにしたの」

「リコン、ってもう会えないの?」

「ううん。近くに住むから、時々会いに来るよ」

 小学3年生の私にそれはとても重たくって、その日も次の日も泣いてばかりいたことを覚えている。ママはごめんね、ごめんね、と言いながら私の大好物をいっぱい作ってくれた。ママがいなくなるのは私が出るドッヂボール大会の決勝戦の日で、私のチームは優勝した。賞状を持って家に帰っても見せる人はいなくて、代わりにとても大きいオムライスが机の上で待っていた。

「こんなことになってごめんね。でもママはあなたのこと大好きだから」


 そんな長い言葉、オムライスの上には書き切れない。私は泣きそうな顔でオムライスの黄色い表面を見た。それでも言葉は浮かんで来ない。

「ママが来てくれた! ママおかえり!」

「うん。ただいま」

「ママ、元気だった? 今度運動会で私、ポスター描くとになってね、」

「そうね。すごいね。もっと話聞かせて」

「うん!」


 ママは家に来る度にいつも美味しいご飯を作ってくれて、パパがいない時は一緒に食べてくれた。私は色んな話をする。この間ママと会ってからあんなこと、こんなことがあってね、ママはニコニコして話を聞いてくれる。オムライスを作ってくれる。私の1番好きなママの手料理。だから多分ドッヂボール大会の決勝戦の日にも、ママがいなくなる日にも、作ってくれたんだと思う。1番好きな味だから。話を聞き終えたママはいなくなる。だから何か言わないといけないのに、私はケチャップのボトルを手に取ったまま、何も言えなくて静止してしまう。

「ママ見て見て! トンネル」

「あら本当。みーちゃん器用だね」


 スプーンでオムライスに横から穴を開け食べ始める。飴色をした玉ねぎと鶏肉がお米と一緒にパラパラと崩れ落ちて、香ばしい匂いがする。口に入れる。ケチャップにバターが絡まる。飴色の玉ねぎが口の中で蕩けて、美味しい。オムライスを作る時ママはバターを二度使う。一度目は具材を炒める時、二度目は卵に火を通す時。バターを使うことで味にコクが出るし、卵がふんわりとする。ふんわりの卵を引っ張らないように、ゆっくりとオムライスの穴を掘り進める。オムライスにこうして穴を開けて食べるのが私の癖で、今日も一人でそうする。崩れないように。ゆっくりと食べ進める。

 そうしてぽっかりと穴が空いた。

 穴の中を色んなものが通った。揺れるポニーテール。ドッヂボール大会の賞状。夜に見たフレンチトーストと聞こえた親達の声。卵焼きとツナマヨおにぎり。子守唄。最後まで聞きたかったお話。ママの匂い。

「ご馳走様でした」

 そう言っても誰も返事する人はいなかった。真っ白なお皿を昼過ぎの光が照らした。私は胸に手を添えた。さっき食べたオムライスがしっかりと喉の奥に流れていた。だけれどぽっかりと、胸の中心に穴が空いたままで、この穴は何なんだろうと思った。けれども何かはわからなかった。

 お皿を片付けようとした瞬間、ふっと鼻先を懐かしい匂いが掠めた。私はようやくオムライスに書くべき言葉が見つかったような気がして、もう一度胸に手を当てた。料理上手のママの秘密、

「ママはきっとバター味」



ママ直伝❤️ オムライスの作り方

材料:ご飯適量、卵2個以上、玉ねぎ半分、鶏肉適量、ケチャップ、バター、塩胡椒、コンソメ入れても美味しいよ

① 玉ねぎを微塵切り、鶏肉を食べ易い大きさに切る。

② フライパンにたっぷりのバターを敷いて玉ねぎを飴色になるまで炒める。鶏肉を入れて炒める。ご飯を入れケチャップと塩胡椒で味を付ける。お皿によそう。

③ もう一度フライパンにバターを敷いて溶き卵を入れる。少し固まったら火から下ろし、卵を剥がして②の上に乗せる。

④ケチャップでお好みで字を書いて完成

P.S レシピ通りに作っても上手く作れない時はある。でも大丈夫。練習すれば上手く行くし、ママはいなくなったってあなたの味方だから。だから元気出してね。冷蔵庫の真ん中の棚の中にお話の続きは隠しました。ママの味があなたのことをずっと見守ってくれますように。

#創作大賞2024
#レシピ部門

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